*藤袴 -thoroughwort-*
☆次回イベント予定☆ ★2017.8.20.SCC関西23 ふじおりさくら(ゴーストハント)★
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「一瞬だな」
「ええ、そうですね」
「何が?」
麻衣と滝川が庭の気温の測定を終わらせて戻って来たら、リンとナルがモニターの前で陣取っていた。先に戻った綾子と庭を霊視していた真砂子はテーブルの近くに落着いている。
麻衣の質問に答えるよりも「お茶」とリクエストした所長サマは再びモニターに視線を走らせている。
手早く人数分の飲み物を手配した麻衣は、再び訊ねた。
「で、何が一瞬なの?」
その言葉に、ナルは黙ってモニターを示す。全員が覗き込む中、夜露に濡れた白薔薇が映し出された。
時刻は午前四時。
まだ薔薇は白いままだ。
そこから十二倍速でテープが送られ、午前五時を過ぎた頃、山の端が明るみ出した。
やがて時刻が午前五時二十四分を指した時、薔薇の色が一瞬で紅に染まった。
「確かに、一瞬だったな」
「うん」
ナルとリン以外の全員が詰めていた息を漏らす。
白い薔薇が一瞬にして染まる様は、感動ものだった。
「でもこれって霊現象なのかしら?」
「綾子?」
「この現象、自然現象に近い気がするのよ。だから霊っていうより、神様とか精霊的な要素の方が強いんじゃないかと思って」
綾子の言葉に、なるほどと複数の人間が頷く。
「確かに。あたくしも紅く染まった薔薇を見ましたけれど、霊的な存在は感じられませんでしたわ」
麻衣はどうですの?と真砂子に問われ、ぱちりと瞳を瞬いた。
「うーん……良く判んない」
居ると言えば居るような、居ないと言えば居ないような……。そんな微妙な返事をしてしまった麻衣は「この役立たず」だの「ノーコンめ」という視線に晒され、引き攣った笑みを浮かべた。
「まあいい。最初から麻衣が使えるとは思っていない」
「酷い」
「事実だ。そんなことより各自、昨日の聞き込みの報告を」
ナルの容赦ない言葉に、その場に居た者たちから苦笑が零れる。
「へーい。じゃあ、まず俺から。この屋敷の使用人たちは、普段は白峰の本家で働いてるらしく、本家の人間がこの屋敷を使用する時に一緒に来るそうだ」
「え、じゃあこのお屋敷、普段は誰も居ないの?」
「否、人の居ない屋敷は荒れるから、管理人が居るらしい。尾形さんって人なんだが、今は使用人が沢山来ているから休暇中で、明後日にならないと来ない。ちなみに、白峰の人たちはここをかなり気に入っているらしく、毎月誰かしら来ているそうだ。」
滝川の報告に、ナルは何か思案する様に口元に手を置いた。
「使用人たちは、この現象について何か?」
「別に害はないし、綺麗だから楽しみにしてるってさ」
「……妙だな」
「妙?」
ナルの呟きに、麻衣が首を傾け訊ねる。他の者も、じっとナルを見詰めている。
「普通、よく分からない現象が起これば、気味が悪いとか、嫌悪する者の方が多い。僕みたいな研究者や、慣れているぼーさんたちなら別だが、普通は違うだろう」
「あ。言われてみれば、そうだね」
手を叩き、今気付いたという麻衣も、そういえばおかしいかもしれないと、思い始めた。
この心の内を誰かが気付いたら、やっと気付いたのかと呆れそうだが。
「確かに害はない。だが、そこで働く者や、依頼主である白峰氏からも、一切そんな雰囲気は感じられない」
「だから妙だと?」
ぼーさんの問いに、そうだと肯定したナルは、難しい顔でモニターを見詰める。
「情報がまだ足りないな。安原さんの帰りを待とう」
ナルの言葉に全員が頷いた。
それぞれが仕事に取りかかろうとした時、麻衣が声を上げた。
「あ、昨日屋敷に着いた、白峰さんの妹さん。楓さんって人なんだけど、ナルに挨拶したいって。ナルも話が聞きたいかと思って、午後から受けといたんだけど、良いよね?」
PR
ふと何かが気になってナルは顔を上げた。
カチ……カチ……っと、秒針が静かに時を刻む。
時刻は午前2時。
気のせいか。
自分の行動をそう位置付けて、再び手元の本へ視線をもどそうとした時、姿見が視界に入った。
写りこむのは自分の顔……だが違う。
そう思った瞬間、懐かしい気配が漂う。
「まだ居たのか」
本当に久々だというのにナルの口から零れたのは、そんな言葉。
それをナルらしいねと、ジーンは笑う。
『Happy Birthday Nall』
聞こえないけれど聞こえた音なき声に、ナルは肩を竦める。
ナルの態度に苦笑したジーンの気配が、ゆっくりと消えてゆく。
「Happy Birthday」
小さくな声は誰に届く事なく消えた。
静まり返る室内。
紅茶のカップに手を伸ばせば、その脇に置かれた小さな袋に気付く。
綺麗にラッピングされたその表には、あまり上手くない英字が並んでいた。
『Happy Birthday』
中を開ければ、猫のシルエットが象られた金属製の栞が入っていた。
そして今度は丁寧な文字で「読み過ぎ注意!」のメモが……。
贈り主の意図を察したナルは、小さく溜め息を吐く。
パラパラと数ページ読み進めると、栞を挟み本を手に寝室へと向かった。
=======================
ジーン!ナル!!お誕生日おめでとう!!
双誕だけど、ナル麻衣(笑)
「イギリスに帰る事になった」
開口一番ただそれだけを口にした瞬間、果てしなく後悔した。
ちょっとした意趣返しのつもりだった。
毎年毎年、イベントの度に飽きもせずに悪戯なり嘘なりを仕掛けてくる麻衣に、仕掛けられる側の気分を味わえばいいと。
しかし僕は嘘の選択を誤った。
致命的なミスだ。
気付いた時には僕の目の前に、瞳を見開いたまま身体を硬直させた麻衣が居た。
「悪かった」
謝罪と共に強張った身体を引き寄せ抱きしめる。
ピクリと怯えるように震えた肩に、どれほど麻衣を傷付けたかを悟る。
「悪かった」
本心から繰り返し繰り返し告げる謝罪の言葉に、麻衣の身体から少し力が抜けた。
「……い、つ。かえる、の?」
「違う」
絞り出された細い声に、僕はただ抱きしめる腕の力を強める。
「違うんだ」
「……ち、がう?」
胸に預けられていた顔を持ち上げ、見つめてくる瞳は、いつもより精彩を欠いている。
そんな表情をさせたのが僕だということに、言いようのない思いが込み上げる。
「そう、違うんだ」
パチパチと瞬く目尻に、口づければ、ホッと吐き出される小さな吐息。
頬と髪の間に手を差し入れれば、静かに瞳が閉じられる。
そのことに安堵しながら、僕はそっと触れるだけのキスを落とす。
額にひとつで麻衣の手が僕のシャツを掴む。
頬にひとつで麻衣の身体が僕に預けられる。
瞼にひとつで閉じられた瞼が揺れる。
最後に唇にひとつで、ゆっくりと琥珀色の瞳が顔を覗かせる。
「すまない。嘘なんだ」
こんなつもりじゃなかった。
そんな言い訳など何の意味もなさない。
僕のついた嘘は、これ以上ない程に麻衣を傷付けた。
どれだけ謝罪を重ねても、一度傷付けられた心は修復できない。
けれど、それでも今の僕にできることは、謝ることと抱き締めることだけ。
「麻衣、悪かった。もう二度とこんなことはしない。殴ってもいい、詰ってもいい、好きなだけ罵って構わない。それだけのことを僕はしたんだ」
「……うそ?」
「そうだ」
「…………な、る。どっか……いか、ない?」
「行かない。僕はここに居る」
「……かえ、らな………いの?」
「帰る時は来ると思う。でも、今じゃない。それに、その時は連れて行く」
シャツを掴んだ指が小刻みに震えている。
僕はその手を包み込み、ゆっくりと持ち上げる。
「いつか僕がイギリスに帰る時。その時は麻衣、お前も一緒がいい」
「………いっしょ」
呆然と呟く麻衣に僕は頷く。
「僕の隣りに、麻衣に居て欲しい。たとえそれがイギリスであっても」
そう告げると僕は、持ち上げた指先に誓うように口付けた。
「ナルなんか大嫌いっ!」
そう叫んで事務所を飛び出したあたし。
きっかけはほんの些細なこと。
ナルにしてみればいつも通りのことだった。
けど、あたしにいつもの余裕が無かった。
何も考えたくなくて、ただ我武者らに走り抜けた渋谷の街。
すれ違う人がどんな目であたしを見ていたのか分からないけど、半ばぶつかりながらの疾走が好意的に捉えられたことはないだろう。
どこをどう来たのかさえ分からない先に見つけたのは小さな公園。
滑り台とブランコしかないその公園で、ようやく気持ちが落ち着いたあたしは、ブランコに腰掛け溜め息を吐いた。
「明日……どうしよう」
あたしの言葉なんてナルは何も思ってないかもしれないけど、いやそれはそれで悲しいんだけど、でも相手がどう思おうと、言っていい言葉じゃない。
「謝らなきゃ!でも………行きづらい」
ううううう。
ブランコに揺れながら頭を抱えて唸る女って、端から見たら怪しいことこの上ない気がする。
どんなに悩んでも、やることは1つしかない。
良し!明日朝一に謝ろう!
そう心に決めてガバっと立ち上がったあたしの視界に、あるはずの無い黒が見えた気がした。
まさか………
怖々と視線を右にずらすと、ブランコの周囲を囲む鉄パイプに腰掛けたナルが居た。
頬を引き攣らせたあたしに、落ち着き払った声が掛けられる。
「百面相」
わかってらい!思わず反論しようとしたあたしの思考は、そこで途切れた。
なぜなら……
突如吹いた強い風が、あたしとナルの間を吹き抜ける。
公園の入口にあった満開の桜から、はらはらと花びらが舞い散る。
そんな幻想的な空間に見とれていたあたしは、間近に迫った黒い瞳に気付かなかった。
柔らかな温もりが触れて離れる。
え?
目を見張ったあたしに、ナルは鮮やかに笑った。
「僕は別にキライじゃない」
え?
ええ!?
大混乱しているあたしを他所に、ナルは踵を返して公園から立ち去った。
ええええええええっ!!!?
ナルの姿が完全に見えなくなったあたしは、心の中で思いっきり叫んだ。
あたしは、真っ赤になった顔を隠す様に抱え込み、その場に踞った。
あ、明日……どうしよう!
あたしは違う意味で頭を悩ませるはめになったのだった。
きっかけの恋のお題
08. 触れられて巡る予感
トンっと。
長い指先で額を突かれた。
「っ痛い!」
咄嗟に文句は言ったものの、上手く誤摩化せただろうか?
両手で額を押さえたあたしは、目の前に立つ黒衣の上司を睨みつけるように見上げる。
「お茶」
「あ、あんたは言葉よりも先に暴力に訴えるのか!?」
「2回程声を掛けさせて頂いたのですが、気付いて頂けなかったので」
「………っ!」
「お茶」
「はい、ただいま!!」
尤もらしい訴えをしてみたものの、物の見事に返り討ちにされたあたしはぐうの音も出ない。
再度申し渡された言葉に敬礼し飛ぶ様に給湯室に逃げ込んだ。
お湯の沸く間、壁にもたれてしゃがみ込んだあたしは、胸の前で手を握り込み、先ほど不用意に跳ねた鼓動のいい訳を考える。
「……気のせいだよ」
そうきっとあれは気のせい。
ナルはただの上司だもん。
いきなりおでこ突かれたら誰だって吃驚してどきどきしちゃうよね。
心の中の言い訳は、いつまで効果を発揮してくれるのか。
恋したくなるお題( http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/)
きっかけの恋のお題
06. 同じスピードで
とくん………とくん………
緩やかに刻まれる音は、ナルの心に深い安堵をもたらした。
母親に抱き締められた記憶はないが、赤ん坊が母親に抱かれると泣き止む理由が少し理解できた。
「……ナル?」
寝たの?と訊ねる声が、優しく髪を撫でる手が、そして何よりもその温もりが、こんなにも愛おしく感じる日がくるとは思いもしなかった。
片割れが聞いたらきっと「どうしたのナル!?もしかして熱でもあるの!?」と大騒ぎしそうだ。
「なんか楽しいことでもあったの?」
「…………なぜ?」
何の前振りもなく聞かれた言葉に、ナルは瞳を瞬いた。
どう考えても思い当たる節がない。
「だって今、笑ってたでしょ?」
「………………」
鳩が豆鉄砲くらったとはこんな時に使うんだっただろうか?
言葉を脳内で反芻して、瞬きを繰り返す自分なんて滅多にない。
「笑っ……て、いたか?」
「うん。なんか諦めの苦笑っぽかったけど、嫌な感じじゃなかったから、ご機嫌なのかなーって。違うの?」
「どうだろうな?」
「あたしが質問してるんだけどなー」
質問に疑問で返したナルに、麻衣は笑いつつもその頬を突っつく。
「別にはぐらかしてるわけじゃない」
少し嫌そうに麻衣の指を避けると、その伸びてきた手を握り込む。
2人だけで完結していた世界。
マーティンとルエラは、そんな僕らに寄り添うように世界を広げてくれた。
それでも僕らは2人だったと思う。
兄は世界を広げてはいたが、それでも深くは広げていなかったように思う。
僕の方は言うまでもなく。
研究のために必要ならば愛想笑いでもなんでもしてやるが、それ以上は無駄だと思っていた。
否、今でも思っている。
そんな僕が、研究を一時止めてまでその温もりを感じていたいと思うなど、まったく想像もしなかった。
朝ご飯用意しようか?
早摘みのダージリンもあるんだよ。
そんな麻衣の声が聞こえる。
寝るの?
くすくすと笑いながら僕の髪を撫でる手。
「もう少し、このままで」
抱き締める腕をそのままに囁けば、綴じた瞼の先で麻衣が笑ったのが見えた気がした。
恋したくなるお題( http://members2.jcom.home.ne.jp/seiku-hinata/)
「ナル・・・今日も少しお願いできますか?」
「・・・またか」
所長室に入るなり放たれたリンの言葉。
主語のないそれに、呆れを含んだ視線が返される。
「好きにしろ」
溜息ひとつで了承したナルは、興味は失せたと本に視線を戻す。
そんなナルに「いつもすみません」と言いながら、リンは鈍く光る鋏を掲げる。
「なに・・・やってんの?」
紅茶を持ってきた麻衣は、目に飛び込んできた光景に固まった。
「あ、谷山さん。今ちょっと手が放せないので紅茶はそちらにお願いします」
「えっと、はい。・・・・・・あの、ナル?」
「僕の分はこちらへ」
「あ、うん」
そっとカップを机に置いた麻衣は、じっと目の前で展開される作業を眺める。
ジャキ・・・ジャキ・・・ジャキ
カタンと鋏を置いたリンは、ほっとしたような笑みを浮かべてナルに頭を下げる。
「ありがとうございました」
「もう良いのか?」
「はい、十分です。これでしばらくは」
「そうか」
「リンさん。あの・・・それってナルの髪の毛・・・ですよね?」
もう耐えられないと、麻衣は直球に聞いてみた。
なぜならリンは切ったナルの髪の毛を、後生大事に集めて布で包んでいるのだ。
まさか呪いに使うとか?
そんな怖い考えさえ浮かんでしまう。
「ああ、谷山さんはご存じありませんでしたか」
麻衣がそんな事を考えているとは知らず、リンはにこやかに答える。
「ナルの髪は、水に浸けると増えるんですよ」
「は?」
増える?
って・・・・・・増毛?
え!?リンさんってもしかしてズラ!?
「増やしてどうするんですか?」
「食べます」
まさかと思い訊ねれば、返ってきたのは思いもかけない答えで、麻衣の頭は真っ白になった。
「た、食べるって・・・髪の毛、ですよね?」
「そうですよ。ナルの髪は見た目通り、ワカメですから」
「・・・・・・・・・そ、う・・・なんですか」
「そうなんです」
答えを返せた自分を誉めてやりたいと麻衣は思った。
そして理解の範囲を超えた展開に、もうなにも聞くまいと心に決めた。
たとえニコニコと嬉しそうに語るリンが、その髪を食べるのだとしても。
「そうそう、ジーンはヒジキだったんですよ」
昔はそっちもよく貰ったんです。
懐かしそうに語るリンに、麻衣が思考を放棄したのは言うまでもなかった。
これはむかーしむかしのおはなし
とある国にジーン姫というそれはそれは綺麗なお姫様がおりました
その美しさは隣国の更に隣国にまで知れ渡り、その美しさ故、沢山の求婚者が城には訪れたのです
しかしジーン姫は一向に結婚する気配はありません
なぜなら、姫は他国の王子よりも自分の方が格好良いと常々思っていたからでありました
今日も今日とて、お見合い用にと送られてきた絵姿を見て己の容姿の方が勝っていると悦に浸っておりました
「んっふふー。やーっぱり僕って格好良いよね。お見合い用に送ってくる、絵姿がこれじゃね」
若干怪しい含み笑いをしているジーン姫
しかし、それでもその容姿が絵姿に描かれている某国の王子様よりも優れていることは、誰しも認めることです
そんなジーン姫的に楽しい日々にも、終わりの日が参りました
バンっ
突如大きな音を立てて、ジーン姫の部屋の扉が開かれました
「うわっ!な、ナル!?もービックリするじゃんか!」
驚き、飛び上がったジーン姫の文句には耳も貸さず、双子の弟であるナル王子がつかつかと部屋に入って参ります
「喜べジーン、お前に婚約者ができた」
ふんぞり返りながら宣言された言葉に、ジーン姫は瞳を瞬きます
「は?……えーっと、ちなみに誰?」
「隣国のジョン王子だ」
「金髪碧眼のこれぞ王子様☆な外見で抱腹絶倒な言葉を話すので有名なあの王子?」
「……覚えはある様だな。明日からお前の部屋で生活する予定だ」
「はぁ!?僕聞いてないよ」
「今言っただろう」
「ちょっとナルそんな事勝手に」
あまりに突然の知らせに、ジーン姫は頑張って拒否しようといたしましたが、ナル王子は全てを切り捨てて部屋を出てしまいました
「酷いよナル!」
という、ジーン姫の声が廊下に虚しく響いたのでした
翌日
謁見の間には数多くの貴族が立ち並び、その際奥に王族の皆様が座っておられました
にっこり微笑みを携えるのはマーティン王、その隣りで微笑むルエラ王妃
そんな2人と対照的に、何の表情も浮かべていないナル王子と、珍しく眉間に皺を寄せているジーン姫が控えておりました
「ジーンにもようやくお相手が決まって目出度いね、ルエラ」
「本当に。この子ったら相手がどんな人でも自分の方が格好良いなんて言っちゃって、どうなるかと思っていたけど、良縁に恵まれて良かったわ」
にこにこにこ
本当にそう思っているであろう笑みを向けられ、ナル王子には散々文句を言っていたジーン姫も言葉に詰まります
「…僕よりナルの方がお嫁さん見つからないと思うけど」
せめてもの反撃にと、ジーン姫は我関せずといった様子のナル王子に話を振ります
どうせならお前も困れと言った怨念の篭った瞳が向けられています
「ふふふ。それは大丈夫よ」
「ナルにも素敵なお嫁さん、見つけてあげるつもりだからね」
「!?」
ジーン姫の言葉は無視していたナル王子ですが、両親の言葉には目を見張ります
「本当!?わー、ナルのお嫁さんに逢うの、僕楽しみにしてるね!!」
「ジーン!!」
「どんな人なんだろうねー?楽しみだよねー?」
してやったり
そう語るジーン姫を、ナル王子は睨み付けます
しかしながら、両親の言葉を覆そうとはしませんでした
何故なら、1度走り出した彼らの思考を止めることはとても難しいことを知っていたからです
「…まあ、僕の前にお前だがな」
溜め息と共に絞り出された言葉に、ジーン姫の笑顔が引き攣ります
完全に忘れていたようです
「来られたようだな」
先触れを務める兵が広間に入ってきたのを見たマーティン王は、表情を改め背筋を伸ばします
腰を屈めて礼を取った貴族達の間を、小柄な青年がゆっくりと歩いてきます
「ようこそ、ジョン王子」
「おはようさんどす。今日からお世話になりますよって、よろしゅう頼みますよってから」
噂通り、顔に似合わない妙な言葉を発した瞬間、ジーンの肩が揺れます
それを見たナル王子が、肘で脇腹を突きますが、顔を逸らしたままジーン姫は必至に笑いを耐えます
「滞在の期間、なにかありましたら遠慮なく仰って下さいね、ジョン王子」
「おおきに、ルエラ王妃」
そうして、穏やかに終わった謁見のあと、もう耐えられないと爆笑したジーン姫と、少し困った顔で微笑むジョン王子は、仲良く愛を育んでいったのでありました
余談
「皆さんに、美味しいお茶飲んでもらおう思いまして」
そう言って紹介された琥珀色の少女と、この国でもうひと騒動あるのは、そう先でないお話
『『Happy Birthday Twins!』』
優しい声と微笑みが、2人を包み込む。
初めて言われたその言葉に、嬉しさよりも戸惑いが沸く。
テーブルの上に沢山並んだ温かい料理。
ソファーに置かれた色とりどりのプレゼントの山。
そのどれもが、初めて与えられたもので、どうして良いか分からなかった。
少し困ったような表情のジーンが、ぎゅっとナルの手を握る。
その手を振りほどかない辺り、ナルも同じ様に感じているのだろう。
そんな彼らを責めることなく養母と養父は変わらぬ笑顔で2人を抱き締める。
『いつか彼方たちが、笑顔で誕生日を迎えられる日が来ることを祈っているわ』
そんな日が来ることなど、きっと無いと思っていた。
リビングのソファーで本を広げていたナルは、小さく息を吐いた。
目の前には野菜を中心とした料理が並び、最奥には少し形の歪んだケーキが置かれている。
キッチンでは最後の仕上げと、鼻歌を歌いながら紅茶を淹れている。
微かに聞こえてくるのは、発音の悪いバースデーソング。
煩わしい。
昔の自分なら絶対にそう思っていた。
否、今も若干そう思わないこともない。
思考の海に浸っていると、また脳内に養母の声が響く。
『いつかきっと現れるわ』
何故あんなにも彼女は自信満々だったのか?
今でも僕には判らない。
本を閉じて目を開ければ、丁度麻衣が紅茶を手にキッチンから出てきた所だった。
「どうしたの?」
「……べつに」
言われずとも本を置いた僕に、麻衣が驚いた目を向けてくる。
他意はない。
ただのタイミングだ。
しかし何故か笑顔になった麻衣は、紅茶を置くと抱き着いてきた。
「誕生日おめでとう、ナル!」
「…どうも」
「ジーンもおめでとうだね!」
「…………奴はもう年は関係ないと思うが?」
「もう!そういう問題じゃないの!嫌だって言ってもちゃんとお祝いするんだからね!」
胸から顔を上げた麻衣は、頬を膨らませ憤る。
麻衣の背に腕を回したまま肩を竦めれば、再び抱き着かれた。
「あたしはナルと出逢えて嬉しいよ。ジーンとは逢えたって言っていいのか微妙だけどさ」
「死んでも騒々しい奴だからな」
「お兄ちゃんにそんなこと言わないの!」
「事実だ」
淡々と言葉を返す僕に、麻衣は笑う。
「ナル……大好き」
「………知ってる」
麻衣の頬に手を添えれば、自然と瞼が降ろされる。
唇が重なる瞬間、また養母の声が響いた。
『いつか彼方たちが、笑顔で誕生日を迎えられる日が来ることを祈っているわ』
「白峰楓と申します」
その日の午後、青い花柄のワンピースを着た女性は、艶やかで短い髪を揺らし軽く会釈した。
黒く大きな瞳は優しい色を浮かべている。
やはりこの人からも、依頼人と同じく違和感を感じる。
普段の依頼人達が非友好的過ぎるのかもしれないが、それでも彼女たちは何かが違うとナルは感じた。
「所長の、渋谷です」
表面上は差し障りのない挨拶を交わし、席に着く。
ちなみに、この部屋に居るのはナルと楓の他にはメモを取る麻衣のみ。他のメンバーは別の仕事を割り振られており、ベースに居るリンだけが、インカムを通して会話を聞いている状態だ。
「早速ですが、いくつかお尋ねしたいのですが」
「なんでしょう?」
「こちらで起きる現象について、楓さんはどう思われますか?」
ナルの問い掛けに、おそらく質問の意図を図りかねたのだろう。楓は「どう?」と聞き返し首を傾げる。
「花や木の葉が一瞬にして染まるという現象は、普通では起こりえないことではないでしょうか?」
「そうね。だからこそ兄が依頼に伺ったのでしょうし」
補足された言葉に楓は頷く。
「その普通ではない現象を見て、どう感じられますか?」
「そうね……私自身は小さい頃から、つまり……その普通を知る前に見ているのね。だから正直なところ、こんな変わったこともあるものなのね。と思っているわ」
「では初めて見られた時のことは覚えていますか?」
「ええ。祖母から話を聞いていたけれど、聞くのと見るのはやっぱり違うから、感動したもの」
「その時のことをできるだけ詳しく教えてください」
ナルの声に促されるよう、楓は過去に思いを馳せる。
大切な思い出。
楽しくて嬉しくて温かくて……そして、愛おしい。
いつでも。ほんの少し想うだけで、鮮やかに甦る記憶。
「あれは………私が三歳になった頃だったと思うわ。それ以前は……見ていたとしても流石に覚えていなくって」
ごめんなさいねと苦笑する楓に、それはそうだろうと麻衣は頷く。
むしろ三歳の時のことを覚えているだけでも凄い。
「今年も綺麗に咲きましたよってメイドが教えてくれて、私は兄に連れられて屋敷の玄関から庭へと向かったの」
楓は懐かしさに浸りながら、ゆっくりと話しだした。
「それは朝でしたか?」
記憶を辿りながらされる話に、ナルが質問を挟む。
「……覚えてないわ、残念だけど。でも夕方ではなかったと思うわ。青空に紅の薔薇が映えてすっごく綺麗だったから」
楓の言葉に頷きナルは続きを促す。
「庭木の手入れをしていた庭師たちに見送られて、もう少ししたら金木犀も綺麗に咲くね、なんて話をしながら庭を散策していたの」
沢山の花を見ながら進んだ先に、昨日までは白かった薔薇が艶やかな紅に染まっていた。
「本当にキレイで、私たちはしばらく見蕩れてしまったわ」
どれくらいそうしていたかは分からないが、かなり長く見ていたことは確かだった。心配した執事が、幼い自分たちを探しに来た程だったから。
「怖いとは思われませんでしたか?」
「怖い?……いいえ、まったく。ただキレイだと、それしか無かったように思うわ」
「びっくりしなかったんですか?」
「しなかったわね……。なぜかしら?」
麻衣の問い掛けに、楓は瞳を瞬かせた。昨日までは白かった薔薇が、急に紅く染まった。確かにびっくりするだろう、知らなければ。しかし自分は知っていたのだ。紅く染まることを。
「やっぱり、祖母に聞かされていた所為かしら」
祖母は楓を膝の上に乗せ、優しく髪を撫でながら語っていた。
『この別荘にはとってもキレイな紅の薔薇があるのよ。でもね、その薔薇は最初は真っ白なの』
『まっしろなのにあかくなるの?』
『そうよ』
見てみたい!そう叫んだ楓に『きっと見れるわ、貴女なら』と言って笑っていた祖母。
あれはどういう意味だったのだろうか?
カウンター
nextキリ番 300000
カレンダー
02 | 2025/03 | 04 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | ||||||
2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
30 | 31 |
最新記事
(01/13)
(08/20)
(08/19)
(12/10)
(08/18)
(05/03)
(01/07)
(08/21)
(08/16)
(08/10)
(06/17)
(05/24)
(05/11)
(05/05)
(04/26)
(04/13)
(01/11)
(12/15)
(11/09)
(11/09)