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*藤袴 -thoroughwort-*

☆次回イベント予定☆                                                ★2017.8.20.SCC関西23 ふじおりさくら(ゴーストハント)★                  

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「見事ねぇ」
「えぇ………本当に」
 綾子と真砂子が思わず見蕩れてしまうのも無理はない。広い庭に植えられた昨日までは白かった薔薇の全てが見事に深紅に染まっていたのだから。
 その様はまさに圧巻であった。
 白かった時もそれは見事な薔薇であったが、紅く染まり、匂い立つような艶やかさが加わって、ソレは見る者の心に更に深い感銘を与えた。現に薔薇が染まったと聞き駆けつけた綾子と真砂子は既に五分以上との場に留まったままだ。
「おいおい、二人共見蕩れるのは構わんが仕事せんと後が怖いぞ」
「……あら?居たの、ぼーず」
「おはようございます、滝川さん」
「………………真砂子ちゃん、おはよーさん」
 呆れたように掛けられた滝川の言葉に、二人はようやく薔薇から目を離した。滝川は綾子の言葉に多少頬を引き攣らせつつ、真砂子にはちゃんと挨拶を返す。
「寝ぼけるのは麻衣だけにして頂きたいものですね」
 朝であろうとも変わらぬ冷ややな声がその場を支配した。
 ピシッと凍った滝川を後目に真砂子が優雅に、綾子が尊大に言葉を返す。
「あらナル、おはようございます」
「何よ、ちょっとバラを見てただけじゃない。まったく、余裕のない男は嫌われるわよ」
「あなた方は何をしに来られたんですか?遊びに来られたのなら邪魔なのでお帰り下さって結構です」
 背筋が凍えそうな微笑みを向けられ「あたくしはバラ園の中を霊視してまいりますわ」と、逃げるように去った真砂子が憎いと、頬を引き攣らせた綾子は思った。
 取りあえずこれで働くと踏んだのか、ナルは一番最初に染まったバラの元へ戻って行った。



□□□□□□□□□



「ホントに真っ赤だね。これ触っても大丈夫なのかな?」
「おいおい、何がどうなってるのかも判ってないんだから触んじゃねーぞ」
「はーい」
 昨日とまったく違う色を魅せるバラを人差し指で触れようとしていた麻衣を滝川が諌める。
 その背後から「何を考えてるんだこの間抜けめ」という視線を感じなくもなかったが滝川も麻衣も、精神衛生上その視線を無視する事に決めた。
 うん、人間なにごともポジティブに考えるべきだ。と二人で言い聞かせながら。

「バラが染まる……」
「麻衣?」
 しばらく紅く染まったバラを観察していた一同に、思わず零れたというに相応しい声が聞こえた。ナルの呼び掛けにも「うん?」と意志の伴わない生返事を返したのみで何かを考えている。
「麻衣」
「う〜ん、どっかで聞いた事がある気がするんだけどなぁ」
「何が?」
「どこだっけかなぁ………」
 ナルにしては根気があった方だと思う。その場に居合わせたメンバーは後にそう語る。
 ふわふわと脳内が宙に浮いてるような状態の麻衣の言葉に質問を挟んでいたナルであったが、その反応の薄さにだんだんと苛立が募ってゆく。
「今、何をお考えになっているのか僕にも説明して頂けますか、谷山さん?」
 あ、キレた。滝川は心の中でそう呟いた。
「えっと……昔、バラが染まる話を聞いた事があった気がして」
「どこで?」
「それが分かんないから考えてました!」
 ピシっと敬礼までしての答えに若干眉を顰めたものの、ナルは一つ溜め息を吐くと作業に戻った。
「意外ね」
「何が?」
「ボケっとしてたアンタをもっと怒るかと思ったんだけど」
「バラが染まった瞬間の映像がクリアで機嫌が良いんだと思うよ」
「なるほどね」
 あまりにもナルらしいと、綾子も肩を竦めて納得した。



 

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Discolo(配布)より「叶わない愛10題」



抱き締め合ったまま動かない2人に溜め息が出そうになる。
不器用すぎる。
引っ掻き回した僕が言うのも無責任かもしれないけれど、本当に2人していい加減にろと言いたい。
好きなら好きとただ認めてしまえば良いものを。
そんな簡単な感情さえも判らないなんて2人とも馬鹿なんだから。
ナルが他人と関わろうとしないのは僕の所為。
麻衣が恋に臆病なのも僕の所為。
でも2人には幸せになって欲しいと本当に思ってるんだよ。
ごめんね、ナル。
ごめんね、麻衣。
2人とも大好きだよ。


 

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COUNT TEN.(配布)より「微エロでお題 part.2」




熱っ!!
そう思った時には既に遅かった。
薬缶の注ぎ口から出る湯気の熱さに慌てて引っ込めた手は、見事に薬缶の取っ手に引っ掛り、結果ガシャンっと大きな音を立てて薬缶が床に転がる。
当然薬缶の中身も床にぶちまけられている訳で、今更どうしょうもない。

「はぁ.....折角沸かしたのに」

ぼーっとしてた自分が悪いのだから仕方が無い。
最近やけにこういう事が増えた気がする。
某所長殿に言わせればいつもの事だと言われるだろうけど、そういう意味じゃない。
学校でもオフィスでも、そして家でも1人になる時間ができてしまうとつい考え込んでしまう自分が居る。
考える必要なんてないのに.....
そう言い聞かせてもその次に瞬間にはまた考えている自分に嫌気が差す。
私が好きなのはジーン。優しい笑顔が好きだったの。
もう逢えないと思った時に本当に悲しかった。
じゃぁナルと逢えなくなると思った時は悲しくなかったのかと聞かれれば答えはNo。
でもあの時は双子だなんて知らなかったから.......
そこまで考えて麻衣は大きく首を横に振った。
また考えてる。余計な事を考える前に目の前の惨状をなんとかしなければ。
そう、未だ床には薬缶と大量のお湯が零れたままなのだから。
雑巾とバケツを取りに行こうと足を踏み出した瞬間、お湯に足を取られて勢い良く転んだ。

「いっ...たぁ..........もうやだ」

何も考えたくなくて麻衣は泣いた。
好きだったの。
本当に好きだったの。
優しくて心の中が温かくなる綺麗な笑顔だったの。
逢える事が嬉しくて、逢えないと寂しくて、別れる時は悲しくて.....
笑えば良いと思った。
夢だけじゃなくて、現実でも笑えば......
嫌いじゃないよ。
だってどんなに厳しくても厭味ったらしくても本当は優しい事を知ってるから。
笑わないナルも好きだったの。



 

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恋したくなるお題(配布)より「復讐相手に恋したお題」



アタシの好きな人は出逢った時には既に死んでいて、初めて恋をした人は幽霊でした。
そんなドラマみたいな事があるなんて思わなかった。
例えそれを勘違いだたと言われようとも、アタシにとっては恋だった。
優しい笑顔のだいすきなひと。
夢でしか逢えなかったけど、ホントに好きだったの。
でも。
皮肉な笑みしか浮かべないけどホントは優しい人も好きだった。
どんなに否定されても、消えなかったこの想い。
真実を教えられた時はこれでもかってくらいに泣いて泣いて泣きわめいたけど、心の奥の更に奥底に残ったこの想いだけは大事にしたい。
もう二度と伝えられる時は来ないだろうけど、一生大事に包み込んで居ようと決めた。
最初で最後のアタシの恋は同時に2人の人を愛してしまった。
どちらの方が好きだったのかと聞かれたら、アタシはこう答える。
どちらも同じくらい好きだった。
もし2人が同時に目の前に現れていたら違った答えを見つけられたのかもしれないけど、今のアタシにはこれ以外の答えは見つけられない。
大好きだったよ、2人とも。
この想いは一生誰にもゆずれない。


 

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恋したくなるお題(配布)より「もうすぐ別れを告げる恋」



あなたも巣立つ時が来たのですね。
産まれた時から見守って来た身としては感慨深いものがあります。
今日のご飯は奮発してお米ですよ。
パラパラと撒いてあげれば喜んでつっつくあなた。
ふふふ。
もふもふの羽毛が可愛くて仕方ありません。
お嫁さん貰ったらまた子供と一緒に帰って来てくださいね。
パン屑しかあげられませんけど。



 

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「こんにちはー!」
 元気いっぱいの声が聞こえた私は、パソコンの画面に向けていた目を扉の方へ向けた。そこには予想通り、先日同僚となった日本人の少女が居た。
「おはようマイ。今日は遅い出勤なのね?」
「おはようセシア。アタシ今日休みだから仕事に来たんじゃないんだ」
「休みの日にラボに来るなんてマイ、あなた博士に似てきたんじゃない?」
 私の言葉にマイと私たちの会話を聞いていた同僚たちが一瞬きょとんとした後、爆笑した。だって博士様は休みなんてあったもんじゃないんだもの。
「セシアってば酷い!あんな研究馬鹿と一緒にしないでよ!」
 もう!と言葉では怒っているが、マイの目は笑ったままだ。
「ごめんなさい。博士にご用かしら?」
「そう、お昼ご飯食べに行くの!」
 えへへと笑う麻衣はとっても可愛い。私たちの頬も自然と緩む。そんな中ルイスが興味津々に訊ねる。
「お昼にはちょっと遅いけど、どこに行くか決めてるのかい?」
「公園の近くにあるカフェ!」
 麻衣の言葉に何人かが「あぁ」と頷く。確か新しくできた可愛いカフェだったはず……………博士には似合わなさそうだわと思った事は秘密だ。
「結構人気でランチタイムは混んでるとこだよね?あぁ、だからこの時間からなのか」
「そう。人いっぱいだとそれだけで引き返されそうでしょ?」
 ………………思わず、店の前で回れ右する博士を想像してしまった。でも麻衣と一緒なら無理矢理引き摺られて入りそうな気もする。そんな事を考えていたら、後ろの扉が開いて私は飛び上がった。
「あ、ナルおはよー!」
 固まった私たちとは裏腹に麻衣は笑顔のまま博士に話し掛ける。一瞬向けられた博士の瞳にビクビクしつつ私たちはさり気なく仕事に戻る。ここで麻衣と会話を続ける勇気は誰も持ち合わせていない。しかし彼らの会話は聞いてて楽しいので、皆聞き耳を立てている。
「凄い!ナルがご飯覚えてたんだね!!」
「朝あれだけ言われればな」
「普通は言われなくても忘れ無いの!ま、今日は覚えてたみたいだし良いや」
 どうやら約束の時間にちゃんと博士が部屋から出て来た事を麻衣が喜んでいるらしい。溜め息を吐く博士の腕に麻衣がしがみ付くと、そのまま2人連れ立ってラボを出て行った。
「麻衣が隣りに居ると博士が普通の人に見えるわ」
「「同感」」
 思わずポロッと出てしまった言葉に同僚たちが頷く。そして私たちは顔を見合わせて笑った。



 

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「アンバランスな距離感」Discolo(配布)選択式お題より





「うわー凄い雨」
「台風だからな」
 窓に手を付き外を眺めているのは、バイトとして雇った人間のはずだ。本来なら仕事をしろと言いたい所だが、今日は特にこれといった作業がないので仕方がない。
まあ、だからこそ僕がここで本を読んでいる訳だが……
「あーあ、せっかくおにゅーの靴だったのに…」
「………馬鹿め」
「なにおぅ!?」
思わず零れた言葉に、麻衣は目を吊り上げて噛み付いてくる。
馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。今日は元より、昨日ですら台風がくると騒いでいたのは、自分だろうに。
「否、馬鹿以下だな。今日が雨な事は、馬鹿でも知ってるからな」
「うぬぬぬ……でも履きたかったんだもん」
「自業自得」
「わ、わかってるもん」
「なら黙ってろ」
「………」
 不満そうな顔をしてはいるが、ようやく黙ったか。
 僕は本を読みながら、こっそり溜息を吐く。
 ちらりと視線をやれば、未だ窓の外を恨めしそうに睨みつける麻衣が見える。
 馬鹿め。
 生まれてこの方、兄でさえ理解できなかったが、麻衣は更に上をいく。今日の事もまったくもって理解不能だ。
 だが、自分の頭にこの単語が浮かぶ事もまた理解不能だ。
 そしてまた麻衣の反応が予想できる事も………。
「麻衣」
「……なに」
「お茶」
「ふぁーい」
 一応仕事をする気はあるらしい。僕の言葉に立ち上がった麻衣は、給湯室へ向かう。
 その背中に、僕は再び声を掛ける。
「帰り………もし雨が降ってたら」
「降ってたら?」
 馬鹿らしい仮定。これからどんどん台風が近付いて、雨が止むはずもないのに。
 鸚鵡返しに首を傾ける麻衣も、きっと僕の言葉は予想外。
「送ってやる」
「!?」
「お茶」
「はーい!!えへへ、とびっきりのいれるね」
 先ほどとは打って変わって、馬鹿っぽい笑みを振りまきながら給湯室に向かう麻衣。
 悪くはないな。
 僕は、紅茶が淹れられるまでの僅かな時間、再び本に目を落とした。



 

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恋したくなるお題(配布)より「もうすぐ別れを告げる恋」





ポットの中でゆっくりと舞う茶葉。
じわりと滲み出る紅い色が、まるで自分の恋心のようだと思う。
あたしが、本当にナルを好きになって……否、好きだと認めて半年が経った。
ゆっくりと心に浸透したその想いは、今も消える事なくあたしの心に留まり続けている。
ナルへの想いが、ここまで育った事は、誰にも言ってはいない。
言える訳がない。
初めて好きになったのは、笑顔の素敵な人だった。
2番目に好きになったのが、その人の弟。
しかも一卵性の双子で同じ顔。
身代わりなんかじゃないよって言った所で信じてもらえる訳がない。
そんな冗談みたいな話、あたしがされたって信じられない。
だから、ただ静かに、時が過ぎるのを待っている。
穏やかに緩やかに。
今の生活が揺らぐ事のないように。
さらさらと零れ落ちていく時を計る砂に、この想いも一緒に連れて行ってくれないかと、馬鹿な事を考える。
終わりの無い出逢いなどない。
いずれ、ナルはイギリスへ帰り、あたしは他の会社に就職して、道は分かれる。
特別な今を、あたしは失いたくない。
だから内緒。
ふわり、ゆらり、舞い踊る茶葉の様に、やがて静まるその日まで。




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恋したくなるお題(配布)より「一目惚れの恋のお題」




コンコンコン。
書斎の前、いつもはしないノックをしてみたら、返事が返ってきてビックリした。
絶対気付かないと思ってたから、扉の前で動きが止まってしまった。
「麻衣?」
「……お茶、飲む?」
訝むナルの声に、ようやくドアの隙間から顔半分覗かせたあたしは、少し躊躇いながら訊ねる。
普段はこんな事聞いたりしない。
というか、聞かずにお茶を淹れて一緒に飲もうと居座る。
チラリと向けられた視線には、訝む色が滲み出ていて、ドクリと心臓が弾む。
「今日は暑いし、アイスティーにしようかなーとか思ったんだけど、ナルは熱い方が良いのかなーとか思ってね!………い、要らなかったら」
「麻衣」
「……な、なに?」
視線を彷徨わせながら言い訳するあたしは、酷く滑稽で、なんだか泣きたくなる。
音のない時間が、とても長く感じた。
「お茶。僕の分はホットで」
ようやく返った答えに、あたしは猛ダッシュでキッチンへ逃げた。
絶対変に思われた。
ううううう、でもさ。
今日の日付か変わる時、一緒に居たいなーとか思っちゃったんだもん。
ナルが覚えてる訳ないから、せめて誕生日を迎えたその瞬間に隣りに居てくれたらなーって……。
今、すっごく忙しいのは知ってるから、邪魔はしたくない。
そーっとそれとなく、気付かれない様にって挑んだのに、大失態だ。
紅茶の抽出時間、自己嫌悪で蹲ってたあたし。
ぐるぐる考えてたから、まさか見られてたなんて思わなかった。
「麻衣」
呆れを含んだ声に、あたしは飛び上がった。
「にゃ、にゃる!?」
「………人の名前を勝手に変えるな」
一人であわあわしている、あたしを後目に、ナルが近付いてくる。
そして、用意途中のポットに手を伸ばした。
「……あたしが淹れてたんだけど」
「このままだと、不味い紅茶を出されそうだったもので」
ナルの言葉にあたしは詰まる。
確かに、ナルの言う通りで、カップに注がれるお茶はいつもより濃い。
あうあうあう。
再び自己嫌悪に陥りそうだったあたしの前に、カップが一つ差出される。
「?」
首を傾けながら受け取れば、ふわりと漂う甘い香り。
あれ?注がれた紅茶の色に、瞬けば「飲めば」と声が掛かる。
素っ気ない声に導かれるように、こくり一口飲み干せば、広がるのはミルクと蜂蜜の甘味。
「おいしい」
「当然だ。僕が淹れたんだからな」
ぽつりと呟けば、返る不遜な言葉。
その、らしさにあたしの肩から力が抜けた。
「ようやく笑ったな」
「え?」
「お前は、言いたい事を我慢すると行動も顔も不自然に歪む。どうせバレるんだから、最初から言えば良い」
「…………」
「正直なのが唯一の取り柄だろう」
「……ひどい」
「事実だ」
うぬぬぬと唸っていたら、パコンっと軽い物で頭を叩かれた。
痛い。非難の目で見上げれば、目の前に迫る黒。
唇に触れた温かく、柔らかな感触に固まった麻衣が意識を取り戻した時には、ナルは既にキッチンの扉の前だった。
「Happy birthday Mai. You mean the long for me. 」
扉を閉める瞬間、言葉と共に向けられた、ナルらしい笑みに、麻衣は真っ赤になった。
しばらく放心していた麻衣は、ふと自らの手の中に残された小さな箱を見る。
素っ気ないその箱だけが、先ほどの光景が夢でなかった事を教えてくれた。


 

 

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「傷跡を自覚した朝」恋したくなるお題(配布)より「忘れられない君へのお題」





「……笑顔がきれいで、好きだったの」
 兄が好きだったと泣く麻衣に、少し苛立った。
 いつもの事なのに。
 顔が同じで才能も同程度、一方は性格が良くて一方は悪い。どちらを選ぶかなんて分かり切っている。
 僕が?ジーンが?
 自分でも意地の悪い質問だとは思う。だが、そう聞いた時の麻衣の顔が忘れられない。
「だって知らなかったんだもん」
 そう言って泣く麻衣を見て、僅かだが胸が痛んだ。
 愚かだ。
 自分が発した言葉がもたらした事に、傷付くなんて、本当に愚かだ。
 忌々しいと思うが、一度気付いてしまった感情は、そう簡単には消えてくれない。
「ほんとうに、ほんとうに………きれいだったんだよ」
 最後にそう言って笑う麻衣の横顔が、だんだんとぼやけてゆく。

「………朝か」

 チュンチュンという小鳥のさえずりに、僕は大きく息を吐く。
 もう何度目か分からない夢からの目覚めは、いつも最悪だ。
 遠くイギリスの地に居ながら、思い出すのが兄を好きだと泣く女の事とは、情けない。
 顔でも洗ってさっぱりしようと、洗面所へ向かえば、見慣れた自分の顔が鏡に映る。
 同じ顔なのに………否、だからこそ、か。
 一つ瞑目した僕は、全ての思いを振り切るように鏡に背を向けた。




 

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「甘噛み」COUNT TEN.(配布)より「微エロでお題 pert.4」






「きれいな手」

 ソファーで本を読んでいた僕の隣り。
 いつの間にか座り込んでいた麻衣が、徐にそんな事を呟いた。

「麻衣?」
「うん、ナルの手……きれいで良いな」

 僕の左手をマジマジと見詰めながら、もう一度呟く。
 一体どうしたんだと、言い掛けた僕は、次の瞬間固まった。
 麻衣の手が、僕の手首を握ったかと思えば、近付く頭。
 チロリと覗く赤い舌が、僕の人差し指を舐める。

「ま……い」

 かろうじて呟いた僕を他所に、麻衣の舌は掌へと移ってゆく。

「ね、ナル………ナルの手、ちょうだい」

 うっとりとした瞳で見詰められ、僕の喉がゴクリと鳴ったのが分かる。

「……手だけで、良いのか?」

 少し座った目は、らしくない。だが、それも良い。
 顎を持ち上げて訊ねれば、熱に浮かされた瞳とかち合う。

「……ちょうだい。ナル……ぜんぶちょうだい」

 向けられた声に誘われる様に、僕は細い首筋に食らいついた。








………多分暑さにやられてたんだと思いますこれ書いた時(笑)

 

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