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*藤袴 -thoroughwort-*

☆次回イベント予定☆                                                ★2017.8.20.SCC関西23 ふじおりさくら(ゴーストハント)★                  

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しんと静まり返った真っ暗な空間。
これはいつもの夢だろうか?
闇に目が慣れて来て自分がかなり高い位置に浮かんでいる事に気付いた。
ふわりと灯った1つの明かり
そこから自分を挟んで反対方向に1つ、今度は左右と次々に明かりが灯った。

ゆらゆらと揺れる明かりが8つ.....


「この明かりは一体...?」
そう言った瞬間、ガシャーン!! という衝撃音が足下から聞こえた。
今まで気付かなかったが下方には屋敷が有った。
その家が大きなショベルカーによって解体されている。
玄関が壊された瞬間、揺らいでいた8つの明かりが一斉に麻衣の元へ....否、壊された屋敷に吸い込まれる様に集まった。
「な、何?」
足下で起こった現象に瞳を見張る麻衣を他所に、その明かりはやがてひとつに合わさり勢い良く飛び去った。
強い光に瞳を焼かれた麻衣が次に見たモノは光り輝く朝の太陽だった。


「....何だったんだろう今の?」

ボケっとベッドの上で惚けて居た麻衣は背後の扉が開いた事に気付かなかった。
「何をしている」
「へ?」
振り返った先にはシャワーを浴びたのか上半身裸で髪から水滴を滴らせた訝しげなナルの顔。
「奴に会ったのか?」
ベッドに歩み寄ったナルは麻衣の顔を覗き込みながら訊ねる。
「夢は見た、よ.....明かりが8個ゆらゆらしてて...」
先ほどまで見ていた光景を語った麻衣。
「壊された屋敷か......その辺りは安原さんが調べて来るだろう」
ポツリと呟いたナルは、ひとつ瞑目すると、“1時間後にベース集合” とだけ告げた。






「おはようございます所長」
昼に近いかという朝、爽やかな挨拶で現れたのは安原。その後ろから暗雲を背負ってふらふらと現れたのは滝川。
実に対照的な印象を晒し出す2人に、ベースに居た人間の頬は引き攣った。
「お疲れ、ぼーさん。はい、アイスコーヒー。安原さんは紅茶ね」
「おう...」
「ありがとうございます」
愛娘の淹れたその辺りの喫茶店より美味しいコーヒーを受け取ると滝川は一気に半分以上喉に流し込んだ。
「あぁ.....生き返る....」
実にしみじみと呟かれた言葉に誰もが同情の眼差しを向けた。


「そう言えば、昨夜はどうでした? 何かありました?」
報告の前、ふと思い出したように訊ねる安原に麻衣が答える。
「凄かったみたい。設置した機材の半分以上に反応が有ってね、今ルイスとセシアが超ハイスピードで解析中なんだー」
「それは....凄いですね。良いデータ採れました所長?」
「お陰様で。そちらはどうでした?」
「滝川さんが頑張って下さったお陰で、色々聞き出せましたよ」
にっこり笑った安原は早速報告を開始した。





 

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「ジェイク・ロドニーさん。職業、呪術師。年齢不詳。あ、見た目は 30代後半くらいでした。お約束の午前2時にお伺いした所ご本人が出迎えて下さったんですが、いや〜まさか、手燭1本の明かりで応接室まで案内されるとは思ってもみませんでした。それに玄関が開いたと思ったら真っ暗な空間に、炎に照らされた人の顔が浮び上がってさすがの僕も一瞬、驚いてしまいました」
そんな言葉から始まった安原の報告に一緒に行かなくて良かったと全員が思った。
「ロドニーさんのお話によると、ラドン設計の建物は東洋の文化を取り入れている事が多いそうで、外観や部屋の配置など様々な所にさり気なく使われているそうです。日本のモノで言えば、家紋の使用が結構ありますね。窓枠の形が花菱紋のようになっていたり、門や扉に梅紋や桐紋を刻んでみたり部屋の配置を寝殿造りの様にしてみたりと多種多様です。今回の調査対象の屋敷はどうやら易学の八卦を参考にされた様で、ラドン自身が独自にこの辺りの土地の龍脈などを調べた上で屋敷を建設する位置を決めたと。龍脈というのは大地の中の “気=エネルギー” が流れる道の事で “気” の
 噴出する場所の事をパワースポットやエネルギースポット、気場なんて呼び方もします。また寺や神社などは天からの “気” が降りて来る場所として考えられる場合もある様です。この辺りはリンさんの方が詳しいですよね?」
問い掛けられたリンは軽く頷く。
「“気功” は大地や宇宙からのエネルギーを利用しますのでより使い易いと言いますか、力の流れを感じ易い場所というモノは存在します。昔から信仰が続いている場所や自然の神秘などが感じられる様な所が多いですね」
リンの説明に皆が納得した事を確認し安原は後を続ける。
「風水ではその様な場所に家などを建てると富にも人材にも恵まれ繁栄が続くと言われています。ラドンはこのパワースポットを見つけ出し、それを中心に各方位に屋敷を建て、力をより強固な物に仕立てました。そしてその力を逃がさない為に、パワースポットの真上にも塔の様な形の屋敷を建てました」
安原の言葉に麻衣は今朝の夢を思い浮かべる。
壊された建物は陣の中心。外観は結構立派な家で多方向に入り口が有って....

入り口?

あれ? あの家に玄関って有ったっけ?
否、無かった。
壊された門というか周りを囲む柵にも出入りする為の扉は見当たら無い。


「ちなみにコレがラドン設計の建物の写真です」
パラパラとテーブルに広げられたのは9枚の屋敷の写真。
これが全ての始まりの家々らしい。
「麻衣、これの位置関係は覚えてるか?」
ぼーっと写真を眺めている麻衣に気付いたナルがそれとなく記憶を刺激する。
「....うん。多方向に入り口が有るのに玄関の無いのが中心の家。北は黒くて南は紅、西は白で東は青」
時折、何かを思い出すよう呟きながら麻衣は全ての写真を配置し終えた。
「安原さん、どうです?」
「はい。僕が調べた位置と完璧に位置します」
「この中心の建物には玄関が無い様に見えますが?」
「どうやら、力の妨げになら無い様、屋敷は疎か周囲の柵にも人が侵入できる場所はありません」
安原の言葉に頷いたナルは麻衣に向き直った。

「麻衣、お前はさっき “入り口は沢山ある” と言った。それはどこだ?」

ゆくりと一言一言を言い聞かせる様に訊ねるナルに、麻衣は夢と同じく真っ暗な空間を思い浮かべる為、瞳を閉じた。


「窓.......中心の、建物には...八方向に窓が.....有って....

 その先に....別の、屋敷の....玄関が、繋がってる.......

 すべては、そこから...入って、そこから.....出ていく......」


トランス状態に入った麻衣を妨げぬ様、ナルは静かに言葉を続ける。

「光が見えたと行っていたが?」

「....壊された.....中心の、屋敷は.....壊された.....今まで....
 
 少しずつ、溜まっていた...力が、《シルベ》を失い.....一気に集まって....流れた」





 

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「どこに流れた?」


「.......《カエルベク、ツクラレタ場所》へ」


そこまで語ると麻衣の頭が揺れた。ふわりと傾く身体を支えたのは当然ナル。
「カエルベクツクラレタ場所?」
麻衣を支えたまま顎に手を当て考えているナルに安原が声を掛ける。
「所長?」
「....安原さん、中心の建物が壊されたのは?」
「事実です。解体業者の手によって全て取り払われ今は空き地状態です....時期は丁度、伯爵の屋敷でポルターガイストが起こり始めた頃です」
「一致したわね」
「そうですわね」
「あの〜....」
原因が判ったと頷く一同に非常に申し訳無さそうなルイスの声が割り込んだ。
「俺たちにも判るように説明して頂けると非常に嬉しいんですが....」
視線が集まった事で居心地の悪い思いをしながらも彼は訊ねる。
いつもなら説明してくれる滝川が使い物にならなくてルイスたちには何が何やらの状態だ。
「話を聞いてなかったのか?」
一気に不機嫌そうな声になったナルに対して否定するのはセシア。
「聞いていましたが、判らない部分があるのですが...」
「どこが?」
「マイはミーディアムでは無かったのでしょうか?」
セシアの質問にナルは眉を顰め、まとうオーラが物騒になった。
「....正式には、センシティヴ。訓練もしているので自分の意志でトランス状態にも入れる。他には?」
「い...否、そ、それが判れば十分です!」
ナルの迫力に圧され返す言葉がどもるセシアに、ナルと目線を合わそうとしないルイスとマルク。
危険回避能力は有るようだ。そんな3人にリンが声を掛ける。
「セシア、ルイス、マルク」
「な、なにか?」
わざわざ全員の名前を呼ぶ辺りに嫌な予感がする。
「谷山さんの能力に関しては未確認な部分が多く、SPR内でも詳細には報告が上がってません。ナルが報告する前にあなた達が勝手に報告などしないようにして下さい。新しい何かを発見した場合などはナルか私かまどかに必ず報告をする様に。その辺りは帰ったら他の研究員にも徹底をお願いしますね」
「「「は、はい!!」」」
妙な威圧を持って言われた言葉にセシアたちはただ頷いた。
徹底的に厳守しなければ恐らく、ものすっごく大変な事が身に降り掛かる気がヒシヒシとするのだ。絶対、無闇に口外しまい。
リンの言葉を黙って聞いていた麻衣は、ふと浮かんだ疑問をナルにぶつけてみる。
「ナルは私の事ってどこまで報告してんの?」
「......」
「殆どしていませんね」
何も言わないナルに対して苦笑しながら答えてくれたのはリン。
未だナルに支えられたままの麻衣はその体勢のまま首を傾ける。
「何で?」
「......今日できた事が次回できるか判らないような不安定な能力をどう報告しろと?」
「うっ」
そんなやり取りを黙って聞いていた綾子がナルには聞こえない様に訊ねる。
「ねぇ、リン。ナルが麻衣の事を報告してないのって...」
「....えぇ。ナルは実験台にされる事の意味を知っていますから。それに、前にSPR内で一部の者に谷山さんの事がバレた時、まどかとドリー卿にはっきりと “麻衣を実験に使う気は無い” と宣言してますから」
リンの言葉に一同はかなり驚いた。
しかし自称 “姉” の綾子は悠然とした笑みを唇に刻んだ。





 

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「あら、研究馬鹿にしては破格の言葉じゃない?」
「そうですね。谷山さんの能力は研究者ならば是非とも掘り下げて研究したいでしょうから」
2人の少し戯けた言葉に全員が未だ言い合いを続ける2人に視線をやり笑う。
「麻衣にもそう言って差し上げればよろしいのに」
「ナルですから」
「.......そうですわね」
笑みを浮かべながらも溜め息を付く真砂子。返されたリンの言葉に全員が納得する。


「皆さん、そろそろ報告の続き宜しいですか?」
変わらぬ越後屋の笑みで言った安原のセリフに、全員が “はっ” と動きを止めた。
「お願いします」
ソファーの元に位置に据わって答えたのはナル。
既に麻衣もその隣に据わっている.....な、なんて切り替えの早い。
「建物の位置は先ほど谷山さんが並べて下さった通りで間違いありません。どの屋敷にもちゃんと持ち主がいらっしゃいまして、結構なお金持ちの方ばっかりでした。皆さんずっと住んでおられますが特に変わった事は発生していないとのお答えでした」
......持ち主、全員に連絡して聞き取り調査した様だ。
さすがは越後屋、言葉巧みに個人情報を聞き出すなんてお手の物らしい。
「先ほど谷山さんが “玄関が繋がっている” と言っていたのは、この全ての屋敷の玄関が中心の建物に向かって建っているからだと思われます」
安原の説明に耳を傾けていたナルが呟く。
「《シルベ》というのは中心の家の事で間違い無いでしょう」
「おそらく。この配置の礎のような物だったようです」
「では《カエルベク、ツクラレタ場所》は一体?」
再び深い思考に浸ろうとするナルを引き止めたのは真砂子の声。

「この屋敷の事では無いでしょうか?」

全員の視線を一身に浴びた真砂子な尚も続ける。
「集まった力の中に霊も含まれるのでしたら、霊が帰る場所=つまり道が繋がっている場所」
「つまり中心から見て鬼門に当たるこの屋敷が最も相応しい、と?」
言葉の後を引き継いだナルに、真砂子は頷く。
「仮にそれが事実だったとして、壊された物を元に戻せばポルターガーストは治まるのか? リンはどう思う?」
「一度均衡の壊れてしまった術を元に戻すという事は考えない方が良いかと思います」
「なんで?」
リンの応えに実に不思議そうな顔で訊ねるのは麻衣。
「割れてしまったお皿が元には戻らない様に、一度失われた物を正常には戻せません。無理矢理に補強して保たせる事は出来ますが先を考えるならば取るべき手段ではありません」
リンの説明に術の事の判らないルイスたちも納得した様に頷く。
しかし術が何たるかを知っている者には別の杞憂が浮かぶ。
「でも、ラドンの見つけたパワースポットは本物なのよね? なら何の手立てもせずに他の屋敷に手を付ける事もマズイんじゃない?」
「松崎さんの仰る通りですわ」
綾子の言葉に頷いたのは真砂子。リンも小さく頷いている。
「既にこの屋敷の玄関から奥の森に向かって道が見えましたわ。先は塞がれている様でしたが今も存在しています。恐らくそのパワースポットから今も力が流れて来ているのだと思います」
「所謂、霊の通り道が有るのね、きっと」
「その道が有る以上、霊はいくらでも集まって来ますわ。その上、道の先が閉じてしまっているので彼らはここに留まるより他ありませんの」
「つまりこの屋敷の霊を一時的に払ったとしても無駄な訳だな」





 

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ようやく思考が復活したらしい滝川も話に加わった。
うーん、と考え込んでしまった術者たちに、訊ねるは再び麻衣。
「何が問題なの?」
「馬鹿かお前は?」
「何だとー! 道の先が塞がれてるなら開いてあげれば良いじゃんかー」
「「「「「 !? 」」」」」
麻衣の言葉に綾子、真砂子、滝川、ジョンにリンまでもが目を見張った。
「なるほど、閉鎖された空間を再び創るのでは無く、道はそのままに利用すれば....」
「ナルそれでしたらこれ以上、均衡を失う事なく霊の浄化もできますわ」
「それは僕も賛成さしてもらいます」
「問題は...」
「方法だな」
リンと滝川の言葉に考える素振りを見せた綾子が突然こう言った。
「ちょっと私、日本に戻るわ」
「綾子!?」
「人の築いたものでは、また歪みが起こるかもしれないでしょ?」
驚く一同と眉を顰めるナルに笑みを向けた綾子はこう言い切ると、踵を返し屋敷を去った。
明後日の朝、例のパワースポットに行くとだけ言い残して。





翌朝、伯爵夫妻がロンドンでの会合を終わらせ戻って来た。
「留守にして申し訳ない。博士、調査の方は進みましたかな?」
「大体は説明が付きました。報告をお聞きになりますか?」
「妻も同席させても良いですかな?」
「どうぞ」
夫妻への報告は、機材が揃っている事からベースにて行われた。
昨日一日で解析したデータの中には、10人以上の彷徨う霊が映し出されていた。
どれも悪霊などでは無く、屋敷の中で遊んでいる子供や何故ここに居るのか判らずウロウロと困った顔で彷徨う女性。
物珍しそうに屋敷の中を徘徊するものなど様々だ。もちろんベティーとトビーも走り回っていた。
「.....これ、全て屋敷の中に?」
呆然と訊ねる伯爵も口元を抑えている夫人も少しばかり顔色が悪いのは気の所為では無い。
まさかこんなにも霊が居るとは思いもしなかったのだろう。
「今の所、悪霊と呼ばれるものは居ませんが、今後はどうなるか判りません」
静かなナルの声に、伯爵は身を固くする。
「浄化する事は出来ないのでしょうか?」
気丈にも質問をしてきた伯爵夫人の言葉に、ナルは安原へと視線を送る。
その視線に頷いた安原は手元に用意した資料を夫妻に手渡す。
「この2日間で我々が調べた結果です。ご覧頂けばお判りになるかと思うのですが、こちらの屋敷は霊の溜まり場としての資質を多分に備えた場所に建てられております」
「霊の溜まり場....?」
鸚鵡返しに呟く伯爵に安原は実に沈痛な面持ちで説明を加える。
「魂の行き着く先と言えば良いのでしょうか、ここに居る霊は神に導かれ在るべき場所に還ろうとした者の魂なのです。しかし霊媒である Ms. 原の見立てによりますと、還る為の扉が閉ざされておりその魂は行き場を失い、彷徨うより他無かったとの事なのです!」
「まぁ! なんと不憫な...」
彷徨う霊に子供が多かった所為か、はたまた安原の演技力の所為か、伯爵夫人は実に感極まったように瞳を潤ませている。
「屋敷が建てられてから最近まではその扉はちゃんと開いておりました。しかし、ひと月程前にその扉の鍵の役目を果たしていた屋敷が取り壊されてしまいその役目を負う事が出来なくなってしまったのです。閉ざされてしまった扉を、再び開く事が出来れば、哀れな魂は神の御許へ還る事が出来ます。しかしその為には壊された屋敷の土地に新たな鍵を創る必要があるのです」
「私に何か出来ますでしょうか?」
神に祈る様に指を組み十字を切り、そう言う夫人に安原とナルの瞳が光った。





 

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「実は今、その鍵を巫女である Ms. 松崎が取りに日本に戻っているのですが...」
「何か問題が?」
「その鍵を創ったとしても、屋敷同様に壊されてしまえば再び同じ事が起こってしまうのです」
「壊されない様にすれば良いのでは?」
「出来ればそうしたいのですが、この土地の持ち主は僕ではありませんので...」
どうしたものか....と悩ましげに呟く安原。
「ではその土地を買い取ってしまえば良いのです!!」
それで何も問題ありませんわ! と叫んだ夫人は夫である伯爵に詰め寄る。
「あなた、直ぐに買って来て下さいな」
「い、いや...しかし」
「ダメですか?」
口籠る伯爵に悲しそうな瞳で訴える夫人。勝者は決まった。
夫人に追い立てられる様に屋敷を後にした伯爵は、その日の内に例のパワースポットの中心を含む土地の所有者となって戻って来た。

「Mr. ヤスハラ、Dr. ディビス、どうぞ哀れな魂を救って差し上げて下さい」
「もちろんです」

そう応える安原の瞳はいつになく真摯だったとか......









ザザッと揺れる榊の音と、パンっと柏手を打つ音が木霊する。
東の空から僅かに光が漏れる早朝、巫女装束に身を包んだ綾子が厳かに祝詞を捧げる。

「高天原に神つまります 大天主太神の命もちて 八百万の神たちを神集へに集へたまひ...」

瞳を閉じ榊を振るう綾子は普段から想像も出来ない程に神々しい。
綾子が一言、言葉を捧げる度にこの場の空気が神聖な物へと変わって行く気がする。

「天津神は天の磐戸を推披きて 天の八重雲をいづの千別きに千別きて所聞食さむ...」

一体何が起こるのかと訝しげな顔をしていた伯爵も綾子の醸し出す空気に完全に呑まれている。
セシア、ルイス、マルクも例外では無い。
綾子の邪魔にならぬ様、誰も音を立てる者はいない。

「祓ひたまへ清めたまへと白すことを所聞食せと 恐み恐みも白す」

凛とした声音で祝詞を捧げ終えた綾子は、榊を両の手で持ち直し深く一礼した。
その視線の先に在るのは一本の細い分け木。もちろん只の木では無い。
綾子が慕う御神木より賜った神の宿る木である。
誰からとも無く “ほぉっ” と長い溜め息の様な声が漏れる。
「何回見ても綾子のこれは凄いよね」
「本当ですわ」
妹たちに誉められ綾子も満更ではない様だ。
麻衣と真砂子に向かって一瞬微笑むと、未だ魂を抜かれた様に動かない伯爵夫妻へ向き直る。
「こちらの土地に樹齢300年を越える御神木...精霊の宿る木の分け木を御祀り致しました。彷徨える御霊も還るべく場所へとお導き下さる事でしょう。私も定期的に祝詞を捧げに参りますが、普段のお世話は伯爵方に御任せ致します」
巫女の顔で言う綾子に伯爵も夫人も No と言える訳無く、ただ頷いたのだった。




end  





祝詞参考 
「神話の森」様 
「古今宗教研究所」様 




—あとがき—                              
お、終わりました〜。長い間お付き合い下さいました皆様、ありがとうございました!!
まさかこんなに続くとは....朽葉にも予想できませんでした。
途中プロットが進まなくなったりもしましたが、この連載を楽しみにしているとお言葉を下さった皆様のお陰で乗り切る事が出来ました。
皆様のご感想や励ましが朽葉の支えです!本当にありがとうございました♪
次回作も、またお付き合い下さいますと嬉しいです。


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「何だこの報告書はルイスお前は文章もまともに書けないのか? こちらの報告書解析が不十分だ、担当者へ突き返せ」
「は、はい!」
次々と飛ぶ指示。
今も別の研究員に指示を出しているのは、この研究室の若き責任者オリヴァー・ディビス博士。
突き返された報告書を持って席に戻ると同僚のセシアが笑いながら言った。
「相変わらず博士様のご機嫌は最低のようね」
「オリヴァーの機嫌の良い日なんて見た事無いけどね」
「確かに」
軽い冗談で返せばセシアからも苦笑が帰って来た。
しかし突然背後から掛けられた声と内容に背筋に冷たい筋が通った。
「お二方は随分と余裕がお有りの様で? この分ならその解析は三日も有れば終わらせて頂けるのでしょうね?」
「む、無理!!」
「優秀な研究員で助かります」
「無理だってばオリヴァー!! 俺もう、三日も家に帰ってないんだぜ〜」
「喚いている暇が有るなら仕事して頂けますか?」
「止めておきなさいルイス。あなたが博士に勝てる訳無いでしょう」
立ち上がって抗議するも、煩い。の一言で切捨てられた。
取り付く島もないとは正にこの事だろう。



「うにゃーーっ!!」
突如、静かな研究所に相応しく無い悲鳴が響き渡った。
「何だ?」
「さぁ?」
「女の子、の悲鳴よね?」
訪ねるも皆、困惑ぎみに声が聞こえた扉の方を見ている。
「は、放してくださーい!!」
「だーめ♪ リン、ぜぇーったい逃がさないでよ!」
あの声は...? と認識する前に扉をノックする音と共に、オリヴァーこと、ディビス博士の上司にあたる
森まどかチーフが笑顔で現れた。
コンコンコン
「ナルー!! 元気に仕事してるー? 根詰め過ぎたら倒れるわよー。そーんな、ワーカーホリックなあなたに!はい、お届けもの♪」
「まどか、僕は忙しいんだか.....」
オリヴァーに口を挟ませない弾丸トーク。
チーフ、その後の不機嫌なオリヴァーの攻撃は我々に返ってくるんです!! 止めてください!!!
あぁー、ほら! 声が一段と低く.....と、そこまで考えた時、森チーフの後ろから現れたのは 林 興徐。
この研究所でオリバーと同等に話せる希少な人だ。
オリバー同様 何を考えているか判らない程の無口で無愛想な彼の腕の中に、少女が一人。
...おそらく先程の悲鳴の主だろう。リンと少女。 
..........何て似合わない組み合わせ。そう思ったのは僕だけじゃ無いだろう。
「だーかーら、そんな荒んだナルに癒しのお届け♪」
「リン」
「無理です」
「リンさーん、降ろして下さいよー」
「すみません。まどかに言って下さい」
め、珍しい。リンが苦笑とは言え笑ってる。確かにリンの腕の中に居る少女は小動物を彷彿とさせ可愛いらしい。
東洋的な顔立ちをしているが、全体的に色素が薄く、髪は蜂蜜のように透明感の有る色で瞳も赤みがかった茶色。
...何と言ったか? 鳶色? だったか? 年齢は判らないが僕よりは年下だろう。多分。
「まどかさ〜ん」
「ナルが良いって言ったらね♪ で、どう?」
相変わらずの笑みを浮かべるチーフ。これはいつも通り。何ら驚く事では無い。
しかし、少女が口を開いた次の瞬間、オリヴァー・ディビス博士の研究室に居る十数人に激震が走った。
「ナルー、助けてよー」
「............」
「ナルぅー」
な、な...なる?  
事も在ろうに少女はディビス博士の事を、博士でもオリヴァーでも無く愛称で “ナル” と呼んだのだ。
ハッキリ言って僕らがそんな風に呼ぼうもんなら明日の朝日を見る事は叶わない程のブリザードに晒され.....
否、これ以上考えるのはよそう。徹夜明けの精神に良く無い。
少女はそんな僕らの心の葛藤に気付かず、オリヴァーを呼んでいる。
「ナールー。ナールナルナルナルナルナルナルナル」
「..........変な呼び方をするな」
「じゃぁ一回で返事してよー」
むーっ、と頬を膨らませる少女に対し、博士は大きな溜め息と共に一言。
「.....麻衣、お茶」
は? お茶? オリヴァーの言葉に思わず目が点になった僕。しかし、少女やリン、チーフには通じたらしい。
「はぁ〜い。リンさん降ろしてー」
「お疲れ様でした、谷山さん」
...とりあえず、マイ・タニヤマ それが彼女の名前らしい事は判った。
「お許しも出た所で、麻衣ちゃん。帰りはナルと一緒に帰って来てね♪」
「は?」
「まどか?」
これは僕らだけでなく、オリヴァーも少女も意味が判らないらしい。
少女は首を傾け、オリヴァーは眉を顰めている。
「私これから打合せなの。運転手はリン。相手はベルフォード卿。連れて行けないでしょう? それともナルが行く?ルエラたちも待っているわ。今日は諦めて早目に帰りなさい」
チーフがそう言うとオリヴァーは苦虫を噛み潰した様な顔でチーフを睨む。が、チーフには通じない。にっこりと笑うと彼女は去って行った。
ルエラは確かオリヴァーの養母。少女はオリヴァーと一緒に帰る... 家族に紹介済み....?
えーっと、普通に考えたら恋人......オリヴァーに恋人!? 本で無く?
そんな僕の取り留めの無い思考を打切ったのはオリヴァーの溜め息だった。
「はぁ。 .....麻衣、お茶」
「はーい。ナル、給湯室ってどこ?」
「こっちだ」
給湯室に向かうオリヴァーの後ろを付いて行く少女がクルリと振り向き僕らに話しかけた。
「皆さんも飲みます、紅茶?」
「へっ!? あ、お、お願いします」
にっこり微笑む少女につられ笑いながらお願いすると、不機嫌なオリヴァーが振り返った。
「麻衣」
「何よー」
「放っておけ。仕事もまともに出来ない奴に休憩なんて必要ない」
「あのねー、自分を基準にするんじゃ無いの。誰も彼もがナルと同じ様に寝る時間も削って仕事に没頭するワーカーホリックじゃ無いんだから。適度に休憩しなきゃ出来るもんも出来ないでしょうが!」
「十分休憩している様に見えるが?」
「あんたが持込んだ大量の仕事の所為で徹夜してフラフラなんでしょう!ちょっとは労ろうと思わないの!?」
「僕の都合に関係なく呼び出したんだ。それ位やって当然だろう?」
「呼び出したのは、お偉いさんで彼らじゃないでしょ! 八つ当たりするんじゃなーい!! ナルは要らないんだね、紅茶?」
「そうは言って無い」
「じゃぁ、休憩だね?」
にっこりとチーフそっくりな笑みを浮かべながら訪ねる少女に、我らが博士様は完敗したらしい。
ぐっと押し黙ったのち、付いて来いと給湯室へと消えて行った。


「すげぇ。俺、オリヴァーが口で勝てない女の子なんて初めて見た」
「彼女は博士の何なのかしら?」
「さぁ? 訊いてみる?」
「オリヴァーが答えるかねー?」
「そこはあなたの腕の見せ所でしょう?」
「.....骨は拾ってくれよ」




end





 

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「いってらっしゃい、マイ。ナル、ちゃんと案内してあげてよ?」
そう心配そうに言うルエラにナルは小さく溜め息を吐き頷いた。
「行くぞ」
「はぁい。ルエラ、行ってきます!」


元気いっぱいの笑顔で出て行った麻衣と、少し不機嫌そうだった息子を思い出し
ルエラは紅茶を入れながらクスクスと楽しそうに笑った。
「ナルとマイは出かけたのかい?」
「えぇ、マイとっても嬉しそうだったわ」
ルエラの様子に気付いたマーティンは読んでいた新聞から目と上げ訊ねた。
返ってきた妻の言葉に自然、頬が緩む。
「何だかんだ言っててもナルを引張りだせるんだから、マイには叶わないね」
「本当」
そんな会話をしていている彼等の顔には穏やかな微笑みが浮かんでいた。



今は3月の半ば。
大学の春休みを利用し麻衣はナルと共にイギリスを訪れていた。
相も変わらず本を持って部屋に篭っていたナルを連れ出せたのは幸運だ。
以前から気になっていた紅茶専門店や雑貨屋さんを覗いてみようか?
ナルお勧めの場所を訊ねるのも良いかもしれない。
.....否、本屋とか図書館とか連れて行かれそうだから辞めよう。
「ふふ」
「麻衣?」
「何?」
「何をそんなに浮かれている?」
「んー? そうだなぁー。まず、天気が良い! どのお店に行こうか考えてワクワクしてる!で、ナルが付き合ってくれてる! これって快挙でしょ?」
「有無を言わせなかっただけだろう?」
「良いじゃんたまには♪」
そう言って楽しそうに笑う麻衣に溜め息が出る。
それでも “まぁ良いか” と思ってしまう自分に随分感化されたものだと思う。
「で、どこに行くんだ?」
「前のお使いの時に見つけた紅茶専門店!」


この春の陽射しような笑顔が隣にあり続ける限り、僕は.........



end




 

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※本人の安全保護の為、匿名にてお送りいたします(笑)



それは、とある晴れた日のこと。俺は遅めの昼食を終え、カフェへ足を運んだ。
思えばこの選択が間違いだったんだと思う。
いつもは結構混んでいる店内だが、中途半端な時間の所為で意外に空いている。
お気に入りのスコーンとココアを注文しソファー席を陣取った。
大きな窓側いあるこの席からは小さな湖(俺は池だと思うんだが、店員は湖だと言う)や木々が見え相変わらずの激務で荒んだ脳に心地良い。
しかし、そんな優雅な時間は長くは続かなかった。
ココアを飲み、スコーンを一口頬張ったところでなぜか斜め前の席の人に意識を奪われた。その人が特別何かをしている訳ではない。カップを傾けながら本を読んでいる。
ただそれだけである。しかしその容姿が意識の片隅に引っ掛った。
漆黒の髪に陶磁器のように白い肌。
この位置からは見えないが髪と同色の瞳もそこにあるのだろう。
オリヴァー・ディビス博士。
俺の仕事先の上司である。しかし博士がこのような場所に居るのはとても意外だ。
普段よりは空いているとはいえ、人の多いカフェ。人との関わり合いを極端に避ける彼がなぜ? と湧いてしまった疑問を無視出来ない俺はしばらく博士を観察する事にした。
すると、まず博士の前方の席に居た美女が立ち上がり、無謀にも博士に声を掛けた。

「お一人? 暇だったら私と遊ばない?」

男だったら一度は憧れる誘われ方。だが、博士には通じない。
本から顔を上げる事もなく何の反応も返さない。しばし佇んでいた美女もダメだと悟ったのだろう。溜め息をひとつ零しその場を離れた。
しかし次から次へと、何人もの女性(全て美人)がチャレンジするも、認識すらされていない。否、一人強硬手段に出た人が居た。
「ねぇ、君? 私とデートしましょう」
そう言うと博士に手を伸ばし髪に触れようとした。
その瞬間、白い手が女性の手を払い除け、凍てつく黒い瞳が向けられた。
硬直した女性に博士はさらに冷たい声で訊く。
「何か?」
初めて声を発せられた事に脈ありとでも勘違いしたのか女性は優雅に微笑んで博士を誘った。
「わたしとデート、しましょう」
「時間の無駄なので遠慮します」
断られるとは夢にも思っていなかったのだろう。女性はムッとした表情でさらに訊ねる。
「私と過ごす事は無駄だと?」
「果てしなく」
「なっ!」
あまりに素っ気なく返される答えに女性は怒りで頬を赤く染めた。
「この容姿の一体どこが不満だって言うのよ!!」
「失礼、僕は鏡を見慣れているもので」
「!!!!」
もはや返す言葉も無い女性は、唇を噛み締めその場を走り去った。
博士は大きく溜め息を吐き、時計へ視線を向ける。誰かと待ち合わせだろうか?店員を呼んだ博士は何かをオーダーしたようだ。
しばらくして運ばれてきたのは紅茶のポットと小さめの紙袋。そして2つのカップだ。
再びカップを傾けた博士のもとに、明るい声が割り込んだ。
今度は誰だ?
またもやチャレンジャーな美女かと思えば、小柄な少女だった。
「お待たせ〜、ナル」
沢山の紙袋を置き、“ふー” と息を吐き博士の隣に座るのは先日会ったばかりのマイだ。
「遅い」
「なんで〜 時間ぴったりじゃん」
「煩かった」
「あはは、ナンパでもされた?」
そう笑うマイに博士は眉を顰めた。
「終わりか?」
「うん。これ飲んで良い?」
そう訊ねるマイに小さく頷き博士は本へと視線を戻した。一口紅茶を飲んだあと “お腹空いたな〜、何か買ってこようかな〜?” と言うマイの前に博士は先ほどの紙袋を置いた。
マイがその紙袋から取り出したのは、いくつかのクッキーとスコーン、そしてシフォンケーキだった。
「美味しそう♪ ありがとう、ナル」
そう行って微笑んだマイはとても可愛かった。今もケーキを頬張るマイに自然、頬が緩む。
「ナルも食べる? そんな甘くないよ」
とケーキの刺さったフォークを差し出すマイ。ざわりと周囲の空気が揺れる。
「いらない」
「えー、美味しいのにー。あ、じゃぁこっちは?」
と今度は一口大のスコーンを摘んで博士の口元へ運んだ。再び揺れる空気。
ニコニコと博士を見つめるマイ。
小さく溜め息を吐いた博士は、スコーンを口にした。もちろんマイの手から.....
「ね、美味しいでしょ?」
「甘い」
..........博士ーっ! 感想はそれだけなんですか!!?
それが普通なんですね!?お二人にとっては普通の事なんですねーーーーっ!!!!!?
俺がその場で叫ばなかった事を褒めて欲しい。
“甘い” と呟いたあとマイの顔を見た博士は、何かに気付いたようでマイの顔に手を伸ばし引寄せた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
“やっぱり甘いな” という博士の声と、顔を真っ赤に染めたマイ。
そして凍り付いたかのように動かない周囲の人々。
それを見て、ようやく先ほどの光景が見間違いや、幻覚で無いことを理解した。
“帰るぞ” と言い、マイの荷物とマイ自身を連れ、博士はカフェを出て行った。
あとに残されたのは、博士に認識さえされなかった憐れな数人の女性と
マイに視線を注いでいた男たち、そしてなぜか瞳をキラキラさせた女の人たちだった。
ちなみに俺は今見たモノの衝撃から立ち直るまで 30分掛かり、休憩時間を大幅に過ぎてラボに戻った。



end





 

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わたくしの名前はレイチェル。
SPRで受付嬢をさせて頂いております。
先日、ディビス博士が久し振りにお戻りになられてからというものどうも研究室に勤める友人たちが騒がしいのです。
曰く、“信じられないモノを見た” だの “この世の終わりが近づいている” だの。
どういう意味か? と説明を求めても誰も答えようとはしてくれず、わたくしのフラストレーションは溜まる一方です。
しかし、そんなわたくしも遂に遭遇したのです!!!!
その時わたくしは、神に感謝の祈りを捧げました。
あのような光景が見れるのならば、例え世界が滅びようともわたくしは構いません!


そこはSPR敷地内ではありますが、建物の死角に有る所為か人が来ない裏庭のような所でした。
そう広くはないスペースですが小さなベンチが2つ有り周囲を木に囲まれとても静かで落着く場所です。
実はわたくし、そこが結構お気に入りで、一人で食事を取る時などは利用していたのです。
今日もお昼をそこで取ろうとサンドウィッチを手に向かえば先客がいらっしゃいました。
姿は見えませんでしたが、小さな歌声が聴こえました。
小鳥のさえずりの様に実に心地良い声でした。
一体誰なのか? と少し顔を覗かせれば、小柄な少女がベンチの端に座っていました。
彼女は穏やかな春の陽射しに照らされており、その姿はとても神秘的で「裁きと預言の解説者」であり「神の光」の名を持つ大天使ウリエル様の絵画を見ているようです。
しばらくその歌声を聴いていたわたくしですが、ふと彼女の手がゆっくりと動いている事に気付きました。
その手の先に視線を移せば、彼女の横に寝転ぶ男の人がいらっしゃいました。
彼女の手は彼の髪を優しく梳いており、瞳もとても優しい色を浮かべておりました。
その様子は、溜め息が出そうなほど心震える情景でした。
しかし、あの体勢は俗に言う “膝枕” というものでしょうか?
まるで夢の中や雲の上にいる気分を味わっていたわたくしですが、ふと聴こえた声に
一瞬にして現実世界へと引戻されました。

「あ、起きた。煩かった?」
「否、時間は?」
「ん? まだ2時。寝てて良いよ」

そう言うと再び彼女は彼の頭を撫でているのです。
が、わたくしはそれどころではありませんでした。
い、い、今の声は...ディビス、博士?
まさか!!!?
驚愕というものはこういう事を言うのだと、わたくしは実体験致しました。
呆然としたまま、わたくしは彼と彼女を見直しました。
すると彼は彼女の方に手を伸ばしました。
まず彼女の頬に触れ、髪を弄ったりしているではありませんか!!!
他人に触れられる事も、触れる事も厭うことで有名なディビス博士が触れられる事を許容するばかりか自身から手を伸ばし彼女に触れているのです!!

「くすぐったいなぁ」

クスクスと笑う彼女に、博士は瞳を細めました。

「麻衣、唄」

と告げると、瞳を閉じられました。その時のお顔と声のなんと穏やかな事!!
再び紡がれだした旋律に、わたくしは静かにその場を去りました。
わたくし、これ以上その場に居座るほど無粋な女ではございませんわ。


その日の夕方、わたくしは教会へと赴きました。
あぁっ神様! なんて神秘的で素敵な光景だった事でしょう!!!
四大天使で在らせられるガブリエル様とウリエル様に遭遇したような気分です!
主よ。わたくしは、今日のこの出会いに感謝を捧げます!!




end





 

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「ようこそお越し下さいました。お荷物をお運び致します」

いつものセリフでお客様をお出迎えするのがポーターの私の仕事。
イギリスでも指折りのホテルとして世界各国の著名な方々にも重宝頂いている当ホテル。
もちろん、一般のお客様にも多くご利用頂いております。
時には叱責を頂戴し落ち込む事も有りますが、それ以上の素敵な出会いが有るのもこの仕事の魅力の一つです。
今日はその内のある御家族との出逢いをお聞かせしようではありませんか。


あれは私が勤務して間も無い頃の事でした。
あるご夫婦のご案内をさせて頂いたのですが、旦那様は大学の教授でいらっしゃいますが
偉そばった所も無く、私たち従業員に対してもとてもお優しい方でした。
奥様もそんな旦那様に寄り添い穏やかな笑みを浮かべられ、お二人が共にあるお姿は
従業員一同、とても癒される思いでした。
初めてご利用頂いて以降も、しばしば当ホテルを贔屓にして頂いておりましたが
ある日、二人のとても麗しいお子さんをお連れになられたのです。

「いつもご利用ありがとうございます、ディビス教授、ディビス夫人」
「こんにちは」
「今日は息子もお世話になりますね」
「まぁ、お子さんですか? 初めまして、いつもご夫妻の案内をさせて頂いております、エレーナ・ウィルソン と申します。よろしくお願い致します。では、お荷物を運ばせて頂きます」

初めて会った時は 13歳くらいだったかしら? 口を開いてくれたのは、お兄ちゃんの
ユージン君だけだったけれど、とっても可愛い双子の男の子だったわ。
弟のオリヴァー君はいつも本を持ち歩いて、よく「こんな所まで来て読まないでよ!!」ってユージン君に取り上げられてたわ。
二人は夫妻が引き取られた養子との事だったけれど、そんな事まったく関係なくとっても幸せそうで、ごくたまにしか逢えないけれど私たち従業員のエンジェル・ファミリーだったの。
それが、ユージン君があんな事になるなんで.....


教授のお知り合いのお客様からその事を聞いた私たち従業員も数人、彼のミサに参加させて頂いたの。
沢山の人が訪れて、涙を流していたけれど私は奥様の肩を抱きつつも力無いディビス教授と旦那様に支えられながら参列者に頭を下げる泣き腫らした夫人の表情、そしてオリヴァー君の無表情が対象的で堪らなかった。
ミサも終盤に差し掛かった頃、唯一度だけ、オリヴァー君が瞳を閉じて小さく囁いたのが見えた瞬間、私は涙が止まらなくなった。


それ以降もディビス夫妻は学会の時など変わらず、ホテルをご利用くださるのだけど
オリヴァー君は来てくれなくなったの。
来るのが嫌とかじゃ無くて、仕事で日本に行っているのだと教授が教えて下さった。
実は、一度だけオリヴァー君...否、もうディビス博士とお呼びしなくてはね。
ディビス博士が急に御予約を下さった事が有って、何と女の子を伴っていたの!!
その時従業員に走った衝撃はおそらく過去最高よ!
だって、“あの” オリヴァー君がよ!!?
でもねその時の急な予約は、その一緒に来られた女の子が体調を崩してしまって身動きが出来なくなったからだったの。
その女の子はオリヴァー君が抱える様に連れて来たのだけど.....

あら? 大変!! もう休憩時間は終わりだわ。この続きはまた今度、機会が有れば。




end  



ちょー突発的SS。
ナルを “オリヴァー君” と呼ぶお姉さんを書きたかっただけ。



 

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