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*藤袴 -thoroughwort-*

☆次回イベント予定☆                                                ★2017.8.20.SCC関西23 ふじおりさくら(ゴーストハント)★                  

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目の前で行われたやりとりに私たちは言葉が出なかった。
話の内容はもちろんの事、先程のふざけた様な話し方とまったく違う男の態度。そして、普通の子供だと思っていた少女が今、紛れも無い統治者の顔をしていた。
しかし少女は、普段なら私たちが恐怖や嫌悪を覚える統治者たちとはまったくもって異なっていた。
外見がどうのという問題ではなく、私たちへ向けられる心と瞳が違うのだ。
現に、少女が私たちに向き直っても、深く美しい瞳に吸い込まれそうだとは思っても恐怖や畏怖を感じたりはしない。

「お姉さんたちからも話しを聞かせて欲しいんだけど、誰かに言わないとダメ?」
「へっ?」

少女から言われた言葉を反芻するも理解が及ばない私たちに男が注釈を加えてくれた。

「そー固くなりなさんな。あんたらが誰かに雇われてたり、住む場所が決められてたら無断外泊はマズイだろ?こっちで話し付けるからそんなのが有るんだったら言って欲しいとお嬢さんは言われてるんだ。で、どうだ?」
「えーっと、私たちは全員ヒッツベルガー卿の管理下に置かれております。外泊は愚か数時間の外出許可さえ出た事はありません」

言外に無理だと言ったのだが、少女も男も納得してはくれなかったらしい。
少女は “管理下” と呟いたあと、何やら思案しているし。男も“どーしますぅお嬢ーさーん?” なんて暢気に訊いている。

「あ、あのー。そろそろ帰らないと拙いので失礼しても宜しいでしょうか?」

怖ず怖ずと訊ねれば、勢い良く振り返った少女が手を叩き、宣言した。

「よーし! じゃぁ、一緒に行こう!!!」
「は!!!!?」

男を除く全員の声が揃った。

「あらー? 名案でも浮かびましたー、お嬢さーん?」

と言う男の声が遥か遠くに聞こえた気がした。
だからだろうか、その後ヒソヒソと交わされた男と少女の

「ヨザック? 何か知ってる?」
「ヒッツベルガー卿の事ですか?」
「うん」
「そうですねー、シュトッフェルを小物にした感じですよー」
「うわぁ、金魚のフン&ゴマ擂り男の再来? 最低ー」
「お嬢さん。そんな身も蓋も無い...」
「違うの?」
「イイエ。大正解です」
「今、やりたい放題なんだよね?」
「そーですね。どうされるんです?」
「明日の夕方までにある程度の情報を、5日以内に証拠を。“わたし” を使って」
「...拝命仕りました」

なんて精神的に良く無い会話は私たちの耳には入らなかった。







遠くで小鳥のさえずりが聞こえる。次いで人の笑い声...朝市だろうか?
........あ、朝市!!?そう確信した瞬間一気に目が覚めた。
その時間には、私たちは既に働いていなければならないのだ。
が、飛び起きた部屋を見て昨日の記憶が鮮やかに甦った。
昨日、私たちはとある少女と男に出逢った。
そして何を思ったのかその2人は私たち8人を自分たちの滞在する宿に連れ帰ったのだ。

まず無理だ。
と言う私たちの意見を無視して付いて来た彼らは門番という名の監視者が口を開く前に全ての事を運んでしまった。

「失礼。こちらの御主人、ヒッツベツガー卿に御逢いしたく彼らに案内を頼んだ者だが、御主人はご在宅か?」

いきなり主人はいるか? と訊ねる男に門番は訝しげな視線を向ける。

「失礼ですが...」
「あぁ、申し訳ない! 名も名乗らずに失礼致しました。わたくしはこちらのお嬢様にお仕えしております、リューネ・スケサブロウと申します。護衛も兼ねておりますのでこの様な御目汚しをお許し頂きたい。お嬢様のお名前は、ベンカー卿 ルーシェ様と仰います。御主人に取り次ぎをお願いしても?」

にこやかだが有無を言わせぬ様に捲し立てる男。

「ベンカー卿...し、失礼を致しました。直ちに! どうぞ御二人はこちらに。足下、お気を付け下さいませ。お前たちご苦労であった。部屋に戻っていろ!」
「あぁ! 忘れる所だった。門番殿?」
「何でありましょうか? リューネ殿」
「彼らにも関係のある話なので一緒に同行して欲しいのだが、問題あるだろうか?」
「....申し訳ございません。わたくしでは判断致しかねますので確認を取って参ります」
「あぁ、そうですね。卿のお許し無しでは...ではそれもお願いしても?」
「畏まりました。では応接室ご案内させて頂きます」



「この者たちは一時下がらせますので御了承を」

2人を応接室に案内した所で、門番はそう言い残し扉を閉めた。そして “お前達はここで待っていろ” とだけ言い足早に卿の部屋へ向かった。おそらく先程の男(=リューネ殿)の言葉を伝えに行ったのだろう。

「ねぇ、名前に “卿” が付くって事はあの娘(こ)貴族のお嬢様なのよね?」
「そりゃ、そうでしょうね。あんなに可愛いんだもん」
「でも嫌な感じしないよね?」
「それは僕も思った。僕たちを見下したり汚らわしい物を見るような目はしていなかった」
「うん。私もそう思う」

「でも話って何だろうね?」
「さぁ?」

不安は残るが廊下に響いた複数の足音に私たちの会話は中断された。
おそらくヒッツベツガー卿が来られたのだろう、私たちは廊下に跪き頭を垂れた。





 

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「お待たせして申し訳ありません。わたくしは、ヒッツベツガー卿 フェルナンと申します」

扉を開くといきなり名乗り、 “どうぞ御見知りおきを” と言う卿に驚いた。
卿は貴族でもかなり上位の方にしかそのような態度を取らないからだ。

「リューネ・スケサブロウ と申します。門番殿からお聞きかもしれませんが、護衛も兼ねておりますのでこの様な姿にてお目汚しをお許し頂きたい」
「とんでもありません。ご旅行の途中で軽装をお取りなのは当然の事、どうぞお気になさらず」

そう言うと卿はリューネ殿の隣りの少女....お嬢さんに向き直った。
その視線を感じたのだろう、お嬢さんが卿に向かい、にこやかに微笑まれた。

その時の衝撃ときたらもう........

言葉では言い表せなかった。
卿の斜め後ろに控えていた私たちですら放心してしまったのだから、目の前でその微笑みを受けた卿は言うまでもなく、動きを停止していた。そんな中、お嬢さんか卿へ話し掛けられた。

「この度は突然お邪魔してしまい申し訳ありません」
「い、否々! この様な美しいお嬢さんにご訪問頂き誠に光栄に存じます....えーっと、ベンカー卿。でしたかな?」
「あら、これは失礼を致しました。私ったら名乗りもせず。ベンカー卿 ルーシェ と申します」

お嬢さんはそう言われるとリューネ殿のエスコートを受け立ち上がり一礼し再びソファーに掛けられた。
その時のお2人の優雅なこと。卿も魅入られたらしい。

「いやー、こんな素晴らしい御姿を拝見出来るとは福眼です。時にリューネ殿、貴方もしやリューネ卿ではあられませんかな?確かフォンビーレフェルト卿の御親類にそのような御名を聞いた気がするのですが?」
「否々とんでもない。わたしは、只こちらのお嬢様にお仕え申し上げているだけにございます」
「ほう、ではそちらのお嬢さんは貴方より身分が上でいらっしゃる?」
「スケサブロウはわたくしの護衛が主な仕事です。ですから主(あるじ)は、わたくしで間違い無いかと」
「あぁ、そうでありましたか。否ね、御気分を害されないようお願いしたいのですが、わたくしはベンカー卿という名を聞き及んだ事がありません。もちろん、御容姿や先程の御挨拶で申し分無い御身分の御方だとは判るのですが、どちらの御出身かと思いまして」

そう訊ねる卿は、何やら意味ありげに口唇を上げられた。
リューネ殿の瞳が僅かに鋭く細められた気が.......気の所為だろうか?

「あぁ、それは仕方ありませんわ。我が家は通常領内を出ませんので」
「そうなのですか?」
「えぇ、ですから今回どうしても旅行がしてみたくって我侭を言いましたの。でも周りが賛成して下さらなくって、どうしようかと思っていた矢先に旅慣れたスケサブロウが我が家を訪れまして、スケサブロウと一緒なら、とようやく許可をもらいましたの」
「元々お知り合いだったのですか?」
「母の出身はビーレフェルトなのですが、その姉がリューネ家へ嫁いでおります。父はウィンコットの出身で私も今、共に生活しております」
「ウィンコットの方ならわたくしが知らないのも道理ですな。もしや領内から出られないのはウィンコットの血を引いておられたりするからでしょうか?」
「フォンウィンコット家とは確かに繋がりが在ったようですがウィンコットの血が現れたという事は聞いた事はありません。現に私や兄、そして父にその様な気配はありません。私が領内から出られないのは血ではなく周りがものすごく過保護なだけです」
「そうですか。その御容姿では心配なさって当然でしょう。ウィンコット家との繋がりというのは姻戚関係が?」
「有ったようです。ベンカー家直系の者はこの様にウィンコットの紋章を使用できますし」

そう言ってお嬢さんが示したのは青い宝石。

「失礼しても?」
「どうぞ」
「ほぉ、これは見事な!!フォンウィンコット家の紋章ですな。ベンカー家に代々伝わる御品でしょうか?」
「いいえ、それは兄が。こちらは私がフォンウィンコット卿 スザナ・ジュリア様より戴いたモノです」
「そうでしたか!! 御本家御令嬢から!」

“実に素晴らしい!!” と一人興奮している卿を後目にお嬢さんは本題へ移られた。

「で、本日こちらにお伺いした件なのですが...」
「あぁ! そうでした。何でしょう?」
「実は旅の途中で共の者が体調を崩してしまいまして」
「それは大変ですな! 医師を何人か御用意しましょうか?」
「否、それは癒しの手の者がおりますので結構です。ただ、その看病をする人手が足りないので、こちらの方々をお借り出来ないかと思いまして...」
「この者たちですか?」
「えぇ、治療いがいの細々とした事をお手伝い頂けないかと。駄目でしょうか?」

そう言って不安そうな面持ちで小首を傾げられたお嬢さん。
め、目眩がするわ....

「こ、この様な者でなくもっと身分の確かな従者でも何でもお貸し致しましょう!! 麗しい御令嬢がお困りな時に手を差し伸べぬなど紳士として有るまじき事!!!」
「ありがとうございます。でも、やはりここにいらっしゃる6人の方をお借りしたいですわ。他の方では最初から説明しなければなりませんし」
「判りました。ではこの者たちをどうぞご自由にお使い下さい。他にもお役に立てる事がございましたら遠慮なく御申し付け下さい。」

そうして私たちは、かつて無い微笑みを浮かべたヒッツベルガー卿に見送られこの宿に連れて来られたのだ。





 

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「たっだいまー!!」
「おや?ルーシェお嬢さん、スケサブロウ様お帰りなさいませ」

元気良く声を上げて宿に戻って来られたお嬢さんを出迎えたのは穏やかな微笑みを浮かべた100歳くらいの男の人。
ピシッと背筋を伸ばした礼は非常にカッコいい。

「ただいま、レイカーさん。あのね、今日泊まる人数増やしたいんだけど?」
「はい。スケサブロウ様よりお聞きしております。急な事でございましたので2部屋しか御用意できなかったのですが...」
「十分だレイカー、無理を言ってすまなかった」
「ごめんね〜」
「否々、勿体無いお言葉。一時間も致しましたら夕食のご案内に上がれるかと思います。ルーシェ様も皆様もどうぞお部屋でお寛ぎ下さいませ。デアル、皆様をお部屋に」
「はい。皆様のご用聞きをさせて頂きますデアルと申します。何かございましたらお呼び下さい。では、お部屋に案内させて頂きますのでどうぞ」

デアルさんの案内で2階に上がると、お嬢さんとリューネ殿は “また後でね〜” と手を振り一番奥の大きな扉(おそらく一番良い部屋だろう)に入って行かれた。

「あちらの一番奥のお部屋はルーシェ様とスケサブロウ様のお部屋になります。御用の場合はわたくしに仰って下さい。取り次ぎをさせて頂きます。皆様はこの2部屋をお好きにお使い下さい。備え付けの物は何でもご使用頂いて結構です。足りない物がございましたら御申し付け頂ければご用意致します。何かご不明な点などございますか?」
「え?」

話の流れに付いて行けない私たちはマヌケな声を上げる事しか出来なかった。
そんな私たちを見下す事も無く、デアルさんは微笑んで再度訊ねてくれた。

「何かご質問はございませんか?」
「えっと.....先程、下でお会いしたレイカーさんというのは?」
「これは失礼を致しました。レイカーは当宿の支配人を務めております。お食事前にもう一度ご挨拶するよう伝えておきます」
「い、いえ!お気遣い無く」
「他には何かございますか?」
「あのお嬢さんとリューネ殿は一体どなたなのでしょうか?」
「どなたとは?」
「私たちは、つい先程お会いしたばかりで、何をお考えなのかが判らないのです」
「ご本人にお訊きになられては? きっと答えて下さいますよ」
「そ、その! 良い人なのは判るんですが、どの様な方なのかだけでも....」
「この宿で働きます者は、ルーシェ様とリューネ様のお人柄は重々理解しております。が、皆様がどうお感じになるかは誰に訊かれるものでもありません」

慌てて言い繕う私たちにデアルさんはハッキリとそう言い切った。


「ち、違うんです!!その私達が普段見慣れている貴族の方々とは全くもって違う事は判るんです!判るのですが、理解が追い付かなくて...簡潔にで良いんです!どの様な方なのでしょうか!?」

力の限り叫んだ私に、デアルさんはパチクリと瞬きをして次いで瞳を緩めた。

「そうですね、うーん。一言で表すなら “素晴らしい主(あるじ)” でしょうか? これは私が感じた事ですから皆様がそう思うという訳ではありませんが、私はルーシェ様にお仕えしているスケサブロウ様が羨ましいです」
「う、羨ましい...?」
「はい。職業柄、色々な貴族の方々を拝見して参りましたが、あの方以上の主はいらっしゃいません。しばらく共にお過ごしになられるのですから、ご自身の瞳で判断されるのが良いかと。時に皆様、お召し変えは宜しいので?」

そう言われ全員 “はっ” とした。そうだこの後お嬢さん方に一緒に夕食をと言われていたのだ。
流石に汗と埃まみれのこの格好ではマズイ。

「そちら左手奥がお風呂となっております。隣の部屋も同じ位置にございます。広めに設計しておりますので2人一緒でもお使い頂けると思います。では、私は一時失礼致します。食事のご用意が出来ましたらお迎えに上がります」

にこやかに微笑んだデアルさんは一礼し部屋から退出された。
部屋に残された私達は、それは素晴らしい早さでお風呂に入り着替えた。
デアルさんは2人でと言っていたが、3人で入っても余裕なほどお風呂は広かった。
ハッキリ言って普段ヒッツベルガー卿に使用許可を頂いているお風呂より広くてキレイだった。
後でまたゆっくり入りたいな。
さっぱりした身体で寛いでいると、デアルさんが迎えに来てくれた。

コンコン

「皆様、お食事の用意が出来ましたのでどうぞ食堂にお越し下さい」

“はい” と返事をし後ろを付いて行くと大きな扉が在った。
デアルさんは姿勢を正しノックする。うーん、カッコイイ。と、それはさて置き、えーっと....デアルさんが開いた扉の向こうにはお嬢さんとリューネ殿が居た。お2人も着替えられたようで先ほどよりも動きやすそうな服だ。

「おぉ、来たな」
「皆さんコンバンワー。好きな席に座ってねー。レイカーさんご飯よろしく♪」
「はい、ルーシェ様。皆様まず紅茶はいかがでしょう?」
「あ、頂きます」

全員に紅茶が配られ、喉を潤した所に料理が運ばれて来た。
お嬢さんが “遠慮せず食べ切ってね” なんて言われるので物凄い勢いで食べてしまった。
周りを見れば、皆も同じ様だ。
ルルックなんてもう食べれないとお腹を擦っている。





 

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その時、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
声の方を見やるとお嬢さんが楽しそうに笑っていた。

「それだけ食べてもらったら作り甲斐ありそうだね」
「そうですね。途中で挨拶に来た料理長たちも嬉しそうでしたからねぇ」

リューネ殿にまで頷かれ私達は赤くなってしまった。
遠慮気味だったのは本当に最初だけで食事が進むに連れ本気でガッツイてしまったのだ。
しかし途中、お嬢さんに挨拶に来られた給仕の方々や料理人の数の多さに驚いた。
もしや従業員全員だったんじゃないだろうか?

「別に責めてないぞ? 良い食いっぷりだと誉めてるんだ。おやつはまだ入るか?」

黙ってしまった私達にリューネ殿はそんな事を言う。

「じゃぁ、スケさんはお菓子よろしく〜。レイカーさん、お茶取ってー」
「こちらで宜しいでしょうか?」

“ありがとう” と支配人にお礼を言うとお嬢さんは何とご自分で紅茶を入れ始めた。
思わず、良いのか!!? と支配人を見やると、苦笑が返ってきた。
.....つまりこういう人だから仕方ない、という事だろうか?
目の前にはお嬢さんが淹れて下さった紅茶。
その横にはリューネ殿が作られたらしい美味しそうなお菓子が添えられている。
そうしてリューネ殿は仰った。

「では本題に入ろう」
「まずは自己紹介だよね。私はベンカー・ルーシェ、ルーシェって呼んで。普段は王都に住んでるんだけど今回はスケさんをお供に観光しに来ましたー♪」
「俺はリューネ・スケサブロウ。好きに呼んでくれ。普段は全国各地を放浪中。今回はお嬢さんに捕まって仕事中だ」

スラスラと澱みなくされた自己紹介のあと、お嬢さんは、“皆さんのお名前は?” と訊ねられた。

「わたくしは、イヴァン・フェールと申します」
「レオシー・ヴィゼです」
「ベレニッド・ミレーヌです」
「僕は、ファオ・ルルックと言います」
「ブレイズ・クィルです」
「ベレニッド・コルメーニ、ミレーヌの兄です」

全員の名前を申し上げた所で、私=フェールは少し吃りながら訊ねる。

「先ほどの自己紹介、ヒッツベルガー卿にお話されてた内容と違う気がするのですが?」
「大した記憶力だ」

そう言うとリューネ殿はニヤリと笑った。

「確かにお嬢さんがヒッツベルガー卿に言われた内容は殆ど嘘だな。ああいう輩は身分の高い者に取り入る事しか考えて無いから、嘘も方便。使い方次第だな」
「嘘とは?」
「ウィンコット領に住んでる事、領土を出た事が無いという事、俺と親戚だという事、フォンウィンコット家と姻戚関係を匂わせた事かな」
「....ほ、ほとんどですね。でもフォンウィンコット卿 スザナ・ジュリア様との事は本当なんですね」
「嘘ではないな」
「僕からもひとつ宜しいでしょうか?」

何とも微妙な言い回しをするリューネ殿に静かに声を上げたのはコルメーニ。

「お2人のお名前も偽名ではありませんか?」

真っ直ぐとリューネ殿の瞳を見ながら確定的に訊ねれば返って来たのは獰猛な笑みだった。

「イヴァン・フェールにベレニッド・コルメーニか......記憶力も然ることながら頭の回転も悪かねー。良い根性してやがる」

人を喰うような喋りで茶化しているように聞こえるが瞳は笑っていない.....そんなリューネ殿(偽名)にダラダラと冷や汗が流れる。仲間からも同様に緊張の気配が漂う。私たちこのまま消されるのかしら....なんて事まで考えた時、優しい声がその思考を遮った。

「まったく、もう。そんな嚇(おど)すもんじゃ無いでしょ、スケさん!」
「あーひっど〜い! お嬢さん、わたしそんな事してませんってばー、いつもの笑顔が素敵なスケサブロウですよ〜」
「はいはい。スケさんはいつも素敵ですよー」

一転したその場のとリューネ殿の空気に私たちは呆気に取られた。
そんな私たちにお嬢さんはゆっくりと向き直り、ペコリと頭を下げた。

「ごめんなさい。名前に関しては今はこのまま偽名で名乗らせてもらいます」
「何故? とお訊きしても....」
「必要だから。ヒッツベルガー卿にはそう名乗りました。皆さんにもそう呼んでもらわないと困ります」
「“今は” という事は後からなら教えて頂けるのですか?」
「はい。問題ありません」




 

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「....では、最後にひとつ、お2人のご職業は?」

ルルックが言った一言にお嬢さんとリューネ殿は一瞬目を見張った。
この問いにリューネ殿は答えない。ただ、お嬢さんがどう答えるのかを見ている気がする。
数回瞳を瞬かせたお嬢さんはふわりと笑みを浮かべ、懐から何かを取り出した。

「“御庭番” って言ったら判る?」
「お に わ ば ん?」

聞き慣れない単語にルルックも皆も首を傾ける。しかし差し出されたお嬢さんの手を....否、手の上に乗せられたモノを見た瞬間、背筋に今まで味わった事の無い震えが走った。
そんな私たちにお嬢さんはこう言った.....否、言われた。


「正式名称は、魔王陛下直属 特別御庭部隊」


その声をどこか遠くに聞きながら、私たちは呆然とお嬢さんの手の中にある黒竜を象った徽章を見つめていた。

青い下地に双黒竜、そしてその竜を守るように白い花が描かれた徽章は、稀代の名君、ユーリ陛下の御印。
そしてその御心を託された者だけが持てるのが、水色の下地に単一の黒竜を象った徽章。
この徽章は十貴族だって簡単に持てるものでは無い。
確か側近の方でも持っているのでは? と言われているのは、ウェラー卿ただ御一人と聞く。
なぜ持っていると断言出来ないかと思うかもしれないがこの徽章は誰が持っているのか一切公表されていない。
ただ、眞魔国国民の為に働く物にユーリ陛下自らお選びになられた者のみが持てる特別な物なのだ。
故にその土地の権力者や十貴族でさえ徽章を持っている者の言葉を無視できない。
無視をすると言う事は、それ即ち魔王陛下の御心を無視した事に連なるのだ。
そして漆黒の竜の紋様は決して複製出来ないという。
なぜなら、あのフォンカーベルニコフ卿 アニシナ様が手塩に掛けて制作された特殊仕様なのだから。
ちなみにこの徽章、持ち主以外が触れるとトンデモナイ事が起こるらしい....
余談だが御息女であられるグレタ姫の徽章は黒の下地に単一の紅竜、白で “可愛いグレタ” の花が描かれているらしい。
この時、陛下をお護りするよう描かれた花についての議論が盛大に巻き起こった。
大本命はやはり “大地立つコンラート” しかし色が白で有った為 “白のジュリア” や“聡明なキース” “春の木漏れ日”
なんて聞いた事の無い花の名前まで上がった。
何故そんなに詳しいか? シンニチが特集を組んだからに決まっているでしょう。

しかしそれをこの瞳で直に見る事が叶うとは思いもしなかったわ。
“ほぉぅ” という溜め息の様な声が全員から漏れる。正に遥か彼方の人にお逢い出来た事への陶酔にも似た心地だ。

「おーい。戻ってこーい。俺らは話しが聞きたいんだが良いか?」
「ははははははいぃぃ!」
「.......出来れば普通に喋って欲しいんだけどな。俺やお嬢さんじゃ難しいか?俺はそー大した身分じゃねーんだが....」

そんな風に呟くリューネ殿に思わぬ所から突っ込みが入った。

「おや? スケサブロウ様もお持ちでしょう、徽章?」

何て事ない風に落とされた言葉に固まる私たち。

「レイカー」
「何でしょう?」

リューネ殿が恨みがましい瞳をレイカーさんに向けるも彼は悪びれる事無く“何か問題でも?” なんて言ってのける。

「.....デアル」
「はい?」
「調書、お前取ってくれ」
「了解致しました。えーっと、すみません。資料を貸して頂けますか?」
「これ使って」
「ありがとうございます、ルーシェ様」
「あ、あの! もしやレイカーさんとデアルさんも!?」

主語無しに聞いてしまった私の質問に、はて? と首を傾けられたデアルさん。
しかしその意味を取り違える事無く答えて下さった。

「も?あぁ、違います。自分はフォンヴォルテール卿 配下、近衛連隊に所属しております。ちなみにレイカー支配人とスケサブロウ様は私の上官にあたります」
「「「「「「こ、近衛.....えぇーーーーっ!!!」」」」」」

私たちは今日一日で沢山の雲の上の人にお逢いしたらしい....




 

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「お前ら、仕事しないか...」
「してますよ。こちらがお話を聞かせて頂くのにわだかまりが多いのは推奨できません。お答え出来ない事は申し訳ないと謝る他ありませんが、特に問題の無い事はお話しても差し支え無いでしょう?」
「....一応、機密というものが有るんだが」
「うわー、スケさんからそんな科白が出るなんて...」
「....お嬢さん」

口元に手をやり “びっくりー” なんて言っているお嬢さんにリューネ殿は本気で肩を落とし “酷いです” と項垂れた。

「あ、ゴメン。だって今の、いっつもカクさんがスケさんに言ってる事なんだもん」
「自業自得だ、諦めろヨザ」
「だよねー、レイカーさん」
「これはお嬢さんの前で失礼を」

リューネ殿の前だとレイカーさんの口調も悪くなるらしい。あっちが地なんだろうか?
そんな事をつらつらと考えてしまうのは、ちょっとした現実逃避だろうか....



「フェール?」
“はっ” 随分意識を飛ばしていたらしい。ヴィゼとミレーヌが心配そうに覗き込んでいた。
「ご、ごめん。ちょっと昨日の事考えてて....」
そう言うと2人の瞳にも理解の色が浮かんだ。
「あぁ....何て言うか、すごい一日だったよね」
「うん」
その時、コンコンという扉をノックする音とリューネ殿の声が聞こえた。
「お嬢さん方、起きてます?」
「は、はい!!」
「んじゃ、朝ご飯にしましょ。着替えて下に 30分後に集合って事で♪」
そう言うとリューネ殿は隣りにも声を掛けに行ったらしい。
ルルックの “うわぁっ!” と言う声や “いきなり開けないで下さい!” と言う抗議の声が聞こえた。
私たちの部屋の扉は、寝起き姿な事を気遣って開けないで下さったらしい。
うーん、紳士だ。と、落着いてる場合じゃ無い。急いで着替えなければ。

着替えて食堂に向かえば、“おっはよー!” と元気な声で出迎えて下さったのはお嬢さん。
“良く眠れた?” と聞いて下さったので “とっても” と返すと嬉しそうに笑っている。
やっぱり何度見ても貴族サマには見えない。

「今日は私たち、何をすればよろしいのでしょうか?」

一通り食事も終えた所で訊ねれば、楽しそうなお嬢さんが答えてくれた。

「あのね、フェールさんたちがいつも働いてる場所に連れてってほしいんだけど」
「働いて....市へ、ですか?」
「うん。色んな人と話しがしたいんだけど....」
「私たちと同じような境遇の者を紹介すればすれば良いのですね?」

確認する様に訊ねればリューネ殿が頷く。

「コッソリと、但し確実に顔繋ぎをしたい」
「判りました」

力強く頷いたルルックにリューネ殿は満足そうだ。

「あ、そうそう。街ん中歩く時はお嬢さんと俺に命令されて無理矢理、案内係として連れ回されてる様に振る舞ってくれ」
「...何故でしょう?」
「今日どこかで、ヒッツベルガー卿が “お友達” を連れて来るはずなんだ」
「私はね、その人に会う為にココに来たの」

ニッコリともニヤリ取れる笑みを浮かべられたお2人は何だか妙な威圧を放っておりました。

「ど、どなたかお聞きしても?」

そう訊ねた私にお嬢さんは “アンファンソレール卿” と答えられた。
その名に、ルルックが息を呑んだ。

「あれ? 知ってる?」
「い、否...その、詳しくは知らないのですが...僕の妹がアンファンソレール卿の管理下に居りまして....」
「何か聞いてるか?」
「あまり良い環境では無いとしか......それに、2年近く逢えていないので何とも」

ルルックの言葉に、お嬢さんの瞳が座った気がする。


「スケさん」
「.....ハイ。ナンデショウ、お嬢さん」

返事をするリューネ殿の頬が引き攣って無いかしら?

「鳩、飛ばしてくれる?」
「ど、どなた宛に、何とお送りシマショウ?」
「もちろん、フォンヴォルテール卿に、事実をちょーっとばかし脚色してね♪」
「き、脚色ですか?」



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「そう! ルルックさんたちの事はもう報告してるでしょ? あ、あとヒッツベルガーの事も。出だしはこう!! 朝ご飯を食べながら和やかに今日の予定を話していた。しかーし!アンファンソレール卿の名が出た瞬間、一気に青褪めてしまった ファオ・ルルック。一体どうしたのかと理由を訊ねてみれば何と、良い噂をまったくもって聞かないアンファンソレール卿管理下にファオ・ルルックの妹が居るとの事なのです!! しかも、幼い妹さんに、もう2年も逢う事が出来ていないと言うではありませんか!!!何と言う事でしょう! 馬鹿で愚かな統治者の為に引き裂かれた兄妹。兄は思います、自分の後ろを付いて来たあの小さくて可愛い妹の事を。元気だろうか?泣いてはいないだろうか?酷い目にあっていないだろうか?あぁ、可愛い妹にただ逢いたい。そう思う事が生きる希望!!何たる仕打ちでしょう! この様な事を国が黙認して良いのでしょうか!!!!いいえ!良い訳がありません!!!!こんな感じでよろしく〜。あ、“小さくて可愛い妹” は外しちゃダメ♪あとロビンちゃんにはその手紙の写しと私からの手紙も一緒に飛ばしてねー」

一言も詰まる事なく、流れる様にそう言い切って微笑まれたお嬢さんは何だかとっても怖かったです。
気を取り直し、市に行こうと(なぜかデアルさんも一緒に)街に出て来たは良いが、お嬢さんが目立つの何の.....
リューネ殿は慣れたものって顔でお嬢さんのお傍に居るのを見てリューネ殿って実は苦労性かしら? と思ってしまったのは秘密だ。
朝は中々楽しく過ごせた。
最初は見るからに貴族なお嬢さんとリューネ殿を警戒し、訝しげに見ていた街の人たち。
しかし貴族の目の届かない我々専用の休憩場所へ案内した時のお嬢さんの第一声が其れを叩き壊した。

「おい! フェール、お前たち何を考えてるんだ!!」

そう詰め寄って来たのはラドナス、この休憩場所がヒッツベルガー卿などの貴族に見付からない様、管理している中心人物だ。
私たちが共に来たお嬢さんとリューネ殿を見て彼が憤ったのは仕方が無い。
そんな彼も、お嬢さんの第一声にポカンと大口を開け固まった。
我々のような平民(お嬢さん曰く眞魔国民)が食べる朝ご飯の定番のスープを作っている鍋を覗き込み一言。

「お姉さんこれって何? 美味しそー」
「えー、お嬢さんさっき朝ご飯食べたじゃ無いですかー」
「だってこれ美味しそうなんだもん! で、これなぁに?」

笑うリューネ殿に構わず再び訊ねるお嬢さんと、ポカーンとした街の人の表情に耐え切れず、私たち6人はお腹を抱えて笑ってしまった。
そんな無礼な振る舞いを見た街の人は顔色を青くした。が、「そんな笑わなくても良いじゃんかー」と拗ねる様なお嬢さんの反応に思考が追い付かず、再び固まった。
そんな街の空気を気にも留めず

「はーい、お嬢さん。一杯頂きましたよー、どうぞー」

なんて言ってるのはリューネ殿。
それに喜びニコニコ顔でスープを頬張るお嬢さん。
そんな微笑ましい光景に恰好を崩したのは長老だった。

「お嬢さん、美味しいかね?」
「はい! とってもー♪」
「そうかい、そうかい」
「「長老!!」」

敬語ではなく普通に話し掛けた事に思わず叫ぶ者を、長老は視線ひとつで黙らせる。
再び視線をお嬢さんに向けた長老はそのままの口調で訊ねる。

「時にお嬢さんお名前は?」
「ルーシェです。こっちはスケさんでー、その隣りがデアルさんでーす♪ お爺さんのお名前は何ですかー?」
「ワシはグレールと言うんじゃ」
「グレールさんだね、よろしくお願いしまーす!!」

そう言って長老にペコっと頭を下げるお嬢さんに皆、驚いた。
それからがまた大変だった。
お嬢さんの名前が、ベンカー卿と伝えれば全員硬直するし
さらに魔王陛下直属のお庭番だと紹介すれば魂が抜けた様な表情で惚けているし話しが一向に進まない。
あんなに憤慨していたラドナスは再起不能かもしれない顔をしている。





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年の功か、なんとか持ち直したのは長老。

「あのね、グレールさんに、ちょーっと訊きたい事があるんですけど...」

良いですか? と訊ねるお嬢さんに長老は、こう答えた。

「ワシが判る事でしたら...」

その答えに微笑んだお嬢さんは、昨日私たちにもした質問を再び行った。
全ての質問に答えた長老に “ありがとうございました” と頭を下げられたお嬢さん。
その姿を実に眩しそうに見つめていた長老は、再び口を開いた。

「ワシからも、幾つかお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん! どうぞ」
「この土地に来られたのは、なぜでしょう?」
「するべき事があります」
「最後までやり遂げられるのでしょうか?」
「もちろんです」
「...時は、近いのでしょうか?」
「花祭りまでには」
「一週間ありませんが....間に合いますか?」
「間に合わせます。花の日に笑って下さい」

視線を逸らす事無く言い切ったお嬢さんに長老は天を仰ぐ。


「ヒッツベルガー卿やアンファンソレール卿を、どう思われますか?」
「どう?」
「そのままです。その、人となりと申しましょうか...?」
「ひとことで言うなら、嫌な奴」
「......そ、それは貴女のお考えで?」
「私の周りはみーんな、そんな感じだよね、スケさん?」
「そうですね〜。親分曰く、恥知らずの愚か者。奴は何も言いませんが、我侭プーな坊ちゃんはそれは激しく罵ってましたし、麗しの教官殿もねぇ...軍曹殿の目付きもオカシかったですし、げぃ....えー、ロビン様は、それはもう素晴らしい微笑みで、背筋が凍えるかと思いました」
「....み、皆さん辛辣なご様子で」
「それだけの事をしてるんです。自分で犯した罪は自身で償ってもらいます」

きっぱりと言い切ったお嬢さんの恰好良さに感嘆の溜め息が漏れる。
私たちには、長老とお嬢さんの会話の意味はほとんど判らなかった。
理解できたのは、花祭りまでにやるべき事が有り、ヒッツベルガー卿たちを嫌な奴と言い切った事。
....結構とんでも無いこと言ってるんじゃぁないだろうか?
しかし長老は数瞬瞑目し、静かに言葉を紡いだ。

「我々にできる事はございますか?」
「花祭りの準備を.....あと、何人かにお手伝いをお願いすると思います」
「手伝い、ですか?」
「崩さないといけない砦があります」
「....あぁ、やはり貴女は」

長老は街の人には決して聞こえない様、小さく、本当に小さくそう呟き “御心のままに” と頭を垂れた。
その瞳に光るものが見えたのは私の気の所為だろうか?


「連絡係はデアルが行います。何か有れば宿の方へどうぞ」

リューネ殿がそう告げ、私たちは再び市に戻った。
色んな店を見てまわりつつ休憩所に居なかった者も紹介出来たし、どんな状況に置かれているのかの話しも出来た。
が、楽しい時間はそうも続かない。
市も終わりに差し掛かった時、それはやって来た。

「イヴァン・フェール」
「はい!」

聞き慣れた声に名を呼ばれ振り返れば、ヒッツベルガー卿ともう1人。
この人がお嬢さんが言っていたアンファンソレール卿だろうか?
そんな事を思いつつ頭を垂れる。

「ベンカー卿はどちらだ?」
「今、リューネ様とこちらのお店に入られました」





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「では、リューネ殿に私が来た旨を報告して来い」
「畏まりました」

お嬢さんに取り入れる事が嬉しいのだろう。いつもよりも素晴らしく機嫌が良い。
店に入り、ヒッツベルガー卿ともう1人(おそらくアンファンソレール卿だと思われる)が来た事をお嬢さんとリューネ殿に伝えると、2人は不敵に微笑まれた。
そして店を出る瞬間、お嬢さんとリューネ殿の纏う雰囲気が切り替わった。

「これはこれはヒッツベルガー卿。昨日は突然お邪魔してモ申し訳ありませんでした」
「いいえ、何のお構いも出来ませんで」
「否々、昨日お借りした方々、お嬢さんも気に入られたようで」
「それは良うございました、彼らは役に立ちましたかな、ベンカー卿?」
「えぇ、非常に。ヒッツベルガー卿には感謝致します」
「それは、お役に立てて何よりです」

にっこりと微笑まれたお嬢さんに卿もホッと胸を撫で降ろした。

「ところで、そちらは?」
「あぁ! これは申し訳ありません。こちらは、わたくしの友人でして、わたくしよりもベンカー卿のお役に立てるのではないかと思い連れて来た次第です」

ヒッツベルガー卿が背後を振り返り促せば、男は優雅に腰を折った。

「初めまして。アンファンソレール卿 エヴァンスと申します。昨日、ベンカー卿がお困りだという話しをヒッツベルガー卿からお聞きしましてお役に立てればと思った次第です。どうでしょう、レディ?」
「まぁ! それは、ありがとうございますアンファンソレール卿。わたくしはベンカー卿 ルーシェと申します」
「どうでしょう、これから我が屋敷に参られませんか?」
「え? よろしいんですか? アンファンソレール卿もお忙しい御身分でしょうに?」
「何を仰います。麗しの御令嬢がお困りなのをお助けせず、貴族を名乗る者などおりません」
「まぁ、頼もしい。では、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「勿論です。少し距離がございますので、馬車を御用意致しました。どうぞ、あちらへ」

卿の言葉の指し示す方に視線を向ければ豪華な3頭立ての馬車が有った。

「ご配慮、ありがとうございます。でしたら、彼らは宿に返しても?」
「あぁ、そうですな。ヒッツベルガー卿に連れ帰って頂きますかな?」

アンファンソレール卿の言葉にお嬢さんは少し考える素振りをする。

「そうですね...ヒッツベルガー卿?彼らをもう少しお借りしても良いですか?」
「えぇ、どうぞ。ベンカー卿がお気の済むまでお使い下さい」
「まぁ! ヒッツベルガー卿も頼もしい方なんですね」
「お褒め頂き光栄に存じます」

満面のというには些か貼付けたような笑みを浮かべ、ヒッツベルガー卿との会話を終わられたお嬢さんは、こちらへと向き直った。

「デアル?」
「はい、お嬢様」
「彼らを宿へ。内容はレイカーに任せると伝えて。あと、ギニーを寄越して」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
「お待たせ致しました、アンファンソレール卿。では、参りましょう」

お気を付けてと頭を下げたデアルさんには目もくれず、お嬢さんとリューネ殿はアンファンソレール卿の手配した馬車に乗り去って行った。



「さて、皆さん? この後お時間頂いても問題無いですか?」
「へ? 宿へ帰るのではないのですか?」

思わず聞き返したのはルルック。だが、私たちも同意見なので頷く。

「最終的には帰りますが、お嬢さんがお戻りになるまで少なくとも3時間。最悪、夕方以降。お茶の時間が終わってからでしょう。つまり、僕らはそれまで暇なんです」

ニコニコ笑いながら “宜しければお付き合い下さいませんか?” というデアルさんの言葉に私たちは思わず頷いてしまった。
街を歩き始めて30分くらい経った頃 “喉、乾きませんか?” と連れて来られたお店で私はふと別れ際のお嬢さんの言葉を思い出した。

「そういえば、デアルさん?」
「はい?」
「先ほど、お嬢さんが仰ってた、ギニーさん? でした? 呼びに行かれなくても良いんですか?」
「あぁ! 大丈夫です。既に連絡はしましたので。お気遣いありがとうございます」
「い、いつの間に...」
「内緒です。報告と連絡は、正確に迅速にですから」




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にこやかに言われると逆らえないモノなのね....
押し黙ってしまった私に代わって、今度はルルックが訊ねる。
ガンバレー

「えーっと、お嬢さんは何をしに行かれたんですか?」
「お嬢さんは確認に行かれました」
「確認?」
「はい。ちょっと待って下さい。説明は一気にしますので、まずは奥へ」

そう言ってある一軒のお店に入るデアルさんに私たちは付いて行った。
いくつかの扉を抜けた先、そこには数多くの人が集まっていた。その場所は大きな集会場のようで、長く住んでいる私たちも知らない場所だった。
長老もいらっしゃるようだ。
と、一人の男の人がデアルさんに近付いててきた。

「お疲れ様です」

そう言うと、その男性はデアルさんに向かって敬礼した。

「ご苦労。カーター、変わりはないか?」
「はっ! あちらで連隊長方がお待ちです」
「あぁ、直ぐに行こう。皆さんもどうぞ、こちらへ」

デアルさんに促された先にいたのは数人の男女。
私たちに気付くと全員立ち上がり姿勢を正しデアルさんに向かって敬礼をした。

「お待たせしました、皆さんへ飲み物をお願いします」
「あぁ、直ぐに手配させよう。皆さん、お越し下さってありがとうございます。直ぐにご用意しますので好きな場所にお座りになってお待ち下さい」

「お嬢さんは?」
「計画通り、アンファンソレール卿の邸に行かれました。夕方までにはお戻りになるかと」
「そうか。ではご指示通り皆さんへの説明を先に行おう。各出入り口の兵に警戒の指示を」
「「「はっ!」」」


全員に飲み物が行き渡ったのを確認し、シェリウスさんが話出した。

「皆さん、お呼び立てした上にお待たせして申し訳ありません。ルーシェ様のご指示の元、皆様の疑問にお答えさせて頂く為に我々は参りました。どうぞ何でもお訊ね下さい。本当は全員の紹介をすべきなのでしょうが、時間もありませんので皆さんと顔を合わせる事の多い者だけ紹介させて頂きます。私は、近衛軍第一連隊連隊長ゲオルク・シェリウスと申します。名前でお判るりかと思いますが、そこに居るゲオルク・グレールの息子です」

それから、と言いシェリウスさんが右手を挙げると二十人程が一斉に立ち上がった。
.....あれ? あの人はパン屋のオジさん。こっちは花屋のお姉さん、あ、お医者様も居る。

「今、立ち上がりました者は全員、近衛軍に所属しております軍人です」
「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!!!!?」」」」」」

シェリウスさんの告げられた言葉に、全員から驚愕の悲鳴が上がった。
特に花屋とパン屋の周囲が騒がしい。
シェリウスさんの手が降ろされると、立ち上がっていた人が目礼し座った。

「何かお気づきの事がございましたら、今立ち上がった者にご連絡下さい。必ず我々に報告されますので。あと、こちらのレイカーは、フォンヴォルテール卿配下、近衛軍第三連隊連隊長を、その下で副連隊長をデアルが務めております。これから、皆さんのご質問を我々が判る範囲でお答えさせて頂きますので、何でもお訊ね下さい」

ポカーンと固まるしかなかった我々の中で最初に口を開いたのは長老だった。

「シェリウス」
「はい?」
「私は....今朝、初めてお嬢さんにお逢いした。暖かな春の陽射しのような御方であった。あの方が、お前が頭を垂れる方か?」
「そうです」
「.....そうか。今、お嬢さんはどちらに?」
「計画通り、アンファンソレール卿の邸に向かわれました。夕方までお戻りにはならないでしょう」
「アンファンソレール卿の元へ......?」
「心配はございません。リューネ様がご一緒ですから、あの方の身に危険が迫る事など皆無です」
「リューネ殿は、一体....どなたなのだ?」
「それはお答えできません」
「なぜ?」
「私より下の者の事は、私の判断でお答えできますが、上官の事は許可を頂いてからでないと」
「.....あの」
「何でしょう、フェールさん?」
「連隊長より上って、ものすごーく上な気がするのですが?」
「あはは、気の所為ですよ」

恐る恐る声を上げた私に、シェリウスさんはもの凄く綺麗な笑みを浮かべられた。





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「えーっと、失礼します。僕はルルックと申しますが、計画と言うのは今朝、お嬢さんが長老とのお話しの中で言われていた “やるべき事” に起因するのでしょうか?」
「はい」
「先ほど、デアルさんに “お嬢さんは確認の為に邸に行かれた” とお聞きしましたが、何を確認されに?」
「その続きはデアルから説明させましょう」

立て続けに訊くルルックにシェリウスさんは特に嫌な顔もせずに丁寧に答えてくれた。
上に立つ人(=お嬢さん)があんなだからかしら?
近衛、しかもかなり上位の地位の方にも関わらず私たちを見下したりしない。
今だって、シェリウスさんの言葉に頷いたデアルさんが周囲に頭を下げてから話し出した。

「今、お嬢さんは、アンファンソレール卿の邸にリューネ殿と行かれております。目的は情報収集の為。大方の情報は既に揃っておりますが、アンファンソレール卿の邸から出れない方々の情報が限りなく少ないのです」
「出れない....?」
「そうです。例えばルルックさん、あなたの妹さんレイティスさんの様な方々の事です。今の健康状態はもちろん、邸のどこに居るのかを調べに行かれてます。特にお嬢さんはその方々が怪我や病気を患っている可能性を大変危惧されており、ギニーと言う湖畔族の血を引く癒しの手の持ち主も連れてゆかれました」
「つまり、怪我や病気を治して下さると?」

聞き返すルルックの声が僅かに震えている気がする。
否、ルルックだけではない。デアルさんの言葉に街の人たちにもざわめきが広がる。
アンファンソレール卿の邸に行ったまま逢えない家族を心配する者は意外に多いのだ。
あちらで泣き崩れた女性は確かまだ30歳にも満たない息子さんが、向こう側でユーリ陛下に感謝の言葉を捧げている男性は奥さんが卿の邸に居たはずだ。
比較的冷静に周りを見渡している私でさえ目頭が熱くなりそうなのだから、彼らの心情は計り知れない。

「その場で治せるものについては。ただ、早急な治療が必要と判断された場合は連れ帰って来られる手筈になっております」
「連れ帰る.....あの邸から? そんな事が!?」

再び走るのはどよめき。今までどんなに望んでも無理だった事が叶うかもしれない。
その希望が、安堵と喜びを、そして今までの辛さを沸き上がらせる。

「保険は既に掛けてありますよ」
「?」

デアルさんの言葉に疑問を抱くも、もはや誰も声は出ない。
視線だけを向け、? マークを飛ばす私たちに、デアルさんは笑う。

「あなた方です。昨日ヒッツベルガー卿にお嬢さんは仰いました。長旅で使用人が倒れて困っていると。で、その使用人の代わりにあなた方を連れ帰っております。それに今日、ヒッツベルガー卿に長期的に貸して欲しいとお願いされてますから、同様の理由でアンファンソレール卿からも数人、上手く行けば十人以上借り受けて帰って来られる事でしょう。その中にひっそりと混ぜて来るハズです。あとは、飽きたとでも言って使用人の交換を願い出て、変装させた軍人と順次人の入替えを行います。ただ、やはり全員入替えとはなりませんので何人か健康な方々にお手伝いをお願いさせて頂く事となるかと思いますが」

デアルさんの言葉に誰かがゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。

「そ、それで...どう、なさるんですか?」
「内緒です」

きっぱりと言われた言葉に誰も反論出来なかった。
呆然と見つめるだけの私たちにデアルさんはこう続けた。

「まだ言えませんが、時が満ちれば、とだけ....」
「その時が来たら、教えて下さる....と?」
「はい。当然の権利ですから。我々を...何より、お嬢さんを信じてお待ち頂きたいと思います」

実に真摯に言葉をまとめたデアルさんに私たちは何も言葉を返す事は出来なかった。
しかし彼はそんな私たちを怒る事なく微笑んだ。

「急な話しで戸惑われるのは当然の事ですから、とりあえず、もっと細かい部分で知りたい事、不安な事、困っている事、言っておきたい事などありましたら、先ほど立ち上がりました軍人にお訊ね下さい。皆さんも彼らになら言い易いでしょうし。あと5日あります。その間に我々をご覧になって信じるに足るか皆さんでご判断下さい。まずは明日の朝にここにお越し頂ければ見えるものがあるかと.....」
「ここに...ですか?」
「はい。拒絶するのではなく見て頂ければ嬉しく思います」

そう少し寂しそうに微笑んだかと思えば、一瞬にして表情を楽しそうなモノに変えたデアルさん。
口調まで変わってて、ちょっと付いて行けないかもしれない....

「あ、そうそう♪ ここの入り口には警備を置きますので合図を覚えて帰って下さいね」
「警備?と合図?」
「はい。まず道を塞ぐように寝転ぶ者がおります。その者が “何か用か?” と訊ねますので、右手を腰に宛てて “立て” と言って下さい。“勝手に通れ” と返しますので、今度は左手を腰に宛てて “踏んでも知らないぞ” と言って跨いで通って下さい。その手順を間違えたら通れませんのでお気を付け下さい」





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