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*藤袴 -thoroughwort-*

☆次回イベント予定☆                                                ★2017.8.20.SCC関西23 ふじおりさくら(ゴーストハント)★                  

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わたくしの名前はレイチェル。
SPRで受付嬢をさせて頂いております。
先日、ディビス博士が久し振りにお戻りになられてからというものどうも研究室に勤める友人たちが騒がしいのです。
曰く、“信じられないモノを見た” だの “この世の終わりが近づいている” だの。
どういう意味か? と説明を求めても誰も答えようとはしてくれず、わたくしのフラストレーションは溜まる一方です。
しかし、そんなわたくしも遂に遭遇したのです!!!!
その時わたくしは、神に感謝の祈りを捧げました。
あのような光景が見れるのならば、例え世界が滅びようともわたくしは構いません!


そこはSPR敷地内ではありますが、建物の死角に有る所為か人が来ない裏庭のような所でした。
そう広くはないスペースですが小さなベンチが2つ有り周囲を木に囲まれとても静かで落着く場所です。
実はわたくし、そこが結構お気に入りで、一人で食事を取る時などは利用していたのです。
今日もお昼をそこで取ろうとサンドウィッチを手に向かえば先客がいらっしゃいました。
姿は見えませんでしたが、小さな歌声が聴こえました。
小鳥のさえずりの様に実に心地良い声でした。
一体誰なのか? と少し顔を覗かせれば、小柄な少女がベンチの端に座っていました。
彼女は穏やかな春の陽射しに照らされており、その姿はとても神秘的で「裁きと預言の解説者」であり「神の光」の名を持つ大天使ウリエル様の絵画を見ているようです。
しばらくその歌声を聴いていたわたくしですが、ふと彼女の手がゆっくりと動いている事に気付きました。
その手の先に視線を移せば、彼女の横に寝転ぶ男の人がいらっしゃいました。
彼女の手は彼の髪を優しく梳いており、瞳もとても優しい色を浮かべておりました。
その様子は、溜め息が出そうなほど心震える情景でした。
しかし、あの体勢は俗に言う “膝枕” というものでしょうか?
まるで夢の中や雲の上にいる気分を味わっていたわたくしですが、ふと聴こえた声に
一瞬にして現実世界へと引戻されました。

「あ、起きた。煩かった?」
「否、時間は?」
「ん? まだ2時。寝てて良いよ」

そう言うと再び彼女は彼の頭を撫でているのです。
が、わたくしはそれどころではありませんでした。
い、い、今の声は...ディビス、博士?
まさか!!!?
驚愕というものはこういう事を言うのだと、わたくしは実体験致しました。
呆然としたまま、わたくしは彼と彼女を見直しました。
すると彼は彼女の方に手を伸ばしました。
まず彼女の頬に触れ、髪を弄ったりしているではありませんか!!!
他人に触れられる事も、触れる事も厭うことで有名なディビス博士が触れられる事を許容するばかりか自身から手を伸ばし彼女に触れているのです!!

「くすぐったいなぁ」

クスクスと笑う彼女に、博士は瞳を細めました。

「麻衣、唄」

と告げると、瞳を閉じられました。その時のお顔と声のなんと穏やかな事!!
再び紡がれだした旋律に、わたくしは静かにその場を去りました。
わたくし、これ以上その場に居座るほど無粋な女ではございませんわ。


その日の夕方、わたくしは教会へと赴きました。
あぁっ神様! なんて神秘的で素敵な光景だった事でしょう!!!
四大天使で在らせられるガブリエル様とウリエル様に遭遇したような気分です!
主よ。わたくしは、今日のこの出会いに感謝を捧げます!!




end





 

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「ようこそお越し下さいました。お荷物をお運び致します」

いつものセリフでお客様をお出迎えするのがポーターの私の仕事。
イギリスでも指折りのホテルとして世界各国の著名な方々にも重宝頂いている当ホテル。
もちろん、一般のお客様にも多くご利用頂いております。
時には叱責を頂戴し落ち込む事も有りますが、それ以上の素敵な出会いが有るのもこの仕事の魅力の一つです。
今日はその内のある御家族との出逢いをお聞かせしようではありませんか。


あれは私が勤務して間も無い頃の事でした。
あるご夫婦のご案内をさせて頂いたのですが、旦那様は大学の教授でいらっしゃいますが
偉そばった所も無く、私たち従業員に対してもとてもお優しい方でした。
奥様もそんな旦那様に寄り添い穏やかな笑みを浮かべられ、お二人が共にあるお姿は
従業員一同、とても癒される思いでした。
初めてご利用頂いて以降も、しばしば当ホテルを贔屓にして頂いておりましたが
ある日、二人のとても麗しいお子さんをお連れになられたのです。

「いつもご利用ありがとうございます、ディビス教授、ディビス夫人」
「こんにちは」
「今日は息子もお世話になりますね」
「まぁ、お子さんですか? 初めまして、いつもご夫妻の案内をさせて頂いております、エレーナ・ウィルソン と申します。よろしくお願い致します。では、お荷物を運ばせて頂きます」

初めて会った時は 13歳くらいだったかしら? 口を開いてくれたのは、お兄ちゃんの
ユージン君だけだったけれど、とっても可愛い双子の男の子だったわ。
弟のオリヴァー君はいつも本を持ち歩いて、よく「こんな所まで来て読まないでよ!!」ってユージン君に取り上げられてたわ。
二人は夫妻が引き取られた養子との事だったけれど、そんな事まったく関係なくとっても幸せそうで、ごくたまにしか逢えないけれど私たち従業員のエンジェル・ファミリーだったの。
それが、ユージン君があんな事になるなんで.....


教授のお知り合いのお客様からその事を聞いた私たち従業員も数人、彼のミサに参加させて頂いたの。
沢山の人が訪れて、涙を流していたけれど私は奥様の肩を抱きつつも力無いディビス教授と旦那様に支えられながら参列者に頭を下げる泣き腫らした夫人の表情、そしてオリヴァー君の無表情が対象的で堪らなかった。
ミサも終盤に差し掛かった頃、唯一度だけ、オリヴァー君が瞳を閉じて小さく囁いたのが見えた瞬間、私は涙が止まらなくなった。


それ以降もディビス夫妻は学会の時など変わらず、ホテルをご利用くださるのだけど
オリヴァー君は来てくれなくなったの。
来るのが嫌とかじゃ無くて、仕事で日本に行っているのだと教授が教えて下さった。
実は、一度だけオリヴァー君...否、もうディビス博士とお呼びしなくてはね。
ディビス博士が急に御予約を下さった事が有って、何と女の子を伴っていたの!!
その時従業員に走った衝撃はおそらく過去最高よ!
だって、“あの” オリヴァー君がよ!!?
でもねその時の急な予約は、その一緒に来られた女の子が体調を崩してしまって身動きが出来なくなったからだったの。
その女の子はオリヴァー君が抱える様に連れて来たのだけど.....

あら? 大変!! もう休憩時間は終わりだわ。この続きはまた今度、機会が有れば。




end  



ちょー突発的SS。
ナルを “オリヴァー君” と呼ぶお姉さんを書きたかっただけ。



 

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先日は話の途中で失礼を致しました。
皆様、覚えておいででしょうか? エレーナ・ウィルソンと申します。
ではこの前の続きをお話しさせて頂きますね。


「いかがなさいました!?」

と大きく響いた支配人の声に振り返った私達は、ロビー入り口に立つ一人の青年に気付きました。
その青年はぐったりとした小柄な少女を抱き抱えていました。

「先ほど電話したディビスです。出来れば直ぐに部屋に入りたいのですが」
「もちろん直ぐにご案内させます。エレーナ」
「はい。お荷物お預かり致します」

支配人の声に応え、手の塞がっている青年....オリヴァー君の代わりに荷物を運んでいたタクシーの運転手からトランクを預かりエレベーターにご案内しました。
ゆっくり歩いた方が良いかと思ったのですが、少女を抱いたオリヴァー君の歩調がいつもと変わらなかったので私は足早に向かいました。
途中、支配人がお声を掛けます。

「お連れ様はお加減が? もし宜しければホテルの専属医師を向かわせますが?」
「...すみませんがお願いします」
「畏まりました。他に何かご入用な物はございますか?」
「取りあえず飲み水を多めに」
「直ぐにお持ち致します」

部屋に入るとオリヴァー君はまず少女を寝かせる為、奥の主寝室へ向かわれました。
私はトランクを運び入れ、飲み水の手配に廊下へと引き返しました。
するとそこに支配人が水の入ったボトルをグラスを持っていらっしゃいました。

「エレーナ。ディビス様とお連れ様は?」
「今、ディビス様が寝室の方へ」

私がそう答えると支配人はそのまま奥へお進みになり扉をノックされました。
コンコン

「ディビス様、支配人のガーウェルでございます」
「どうぞ」
「お水をお持ちしました。お連れ様のお加減はいかがですか?」
「薬を飲んで一晩寝れば大丈夫だと思います」
「そうですか。そろそろ医師が参ると思いますので見て参ります」

少し安心したように言われた支配人は廊下の方に戻られた。

「何かお手伝いさせて頂く事はございますか?」
「ではトランクをこの部屋に」
「畏まりました」

私がトランクを持って再びお部屋に入らせて頂いた時、少女が薄っすらと瞳を開けられました。
透き通った琥珀のような瞳がとても美しい少女でした。
ベッドの縁に腰を掛けたオリヴァー君はその少女の額と首筋に手を置き熱を測っているようでした。
ご両親でさえ触れる事を躊躇うオリヴァー君が自ら手を伸ばしている事に私は非常に驚きました。
私の驚きを他所にオリヴァー君は、外国語....ニホンゴ、で少女に話し掛けていました。

「熱いな」
「.....ナ、ル.....ご、め....」
「黙っていろ。もう直ぐ医者が来る。薬を飲んだら寝てしまえ」
「....」
「ルエラとマーティンには連絡しておく、気にするな」
「.......うん」

小さく頷き、瞳を閉じた少女の髪を優しく労る様に撫でるオリヴァー君。
その時の表情がとっても素敵だったの。
他の人から見たら表情を崩したのかさえ判らないでしょうけど、私たちはプロだもの
お客様のどんな些細な表情も見逃さないわ。



翌日。
すっかり体調の戻った少女はチェックアウトの際、私や支配人に丁寧に頭を下げ出て行った。
これからケンブリッジのオリヴァー君の家に向かうそうよ。

そうそう、朝食の時の事を言い忘れていたわ。
昔からあまり食事を取らないオリヴァー君なんだけど、その時は “ちゃんと食べなさい”
という少女の指導のもと、しっかりパンとサラダにスープも食べていたの。
食後には少女が淹れた紅茶を飲まれて満足そうにしていたわ。




end





 

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「ナルナルナル!」
「何だ?」
「ウェストミンスター宮殿に行ってみたい!」
「ご自由に」
「ひーとーりーじゃ、むーりーぃ」
「じゃぁ、諦めるんだな」
「次の休みに連れてってーーーーーーー」
「お断りします」
「なぁるぅぅぅぅぅ」
「煩い」
「おーぼー!!」

キャンキャンと仔犬が吠えるように叫んでいるのは日本から博士に連れられてやってきた、マイ・タニヤマ。
つい先日やって来たにも関わらず、明るい性格とキュートな笑顔で研究室の人間の心を掴んで放さない。
もちろん私だってマイが好きよ。
あの笑顔で「頑張って」なんて言われたら、徹夜明けだって頑張っちゃうわ。

そんな彼女が喚いている相手は、言わずと知れたオリヴァー・ディビス博士。
新進気鋭の天才、但し性格と社交性に難あり。
自信を失いたくなければ逆らうな、などココでは有名な話だ。
仕事に対して一切の妥協を許さず、本と研究以外に興味無し、数日徹夜しやっとの思いで仕上げた
報告書を、無言で突き返され涙した研究員は数知れない。
一部の勇気ある(無謀とも言う)研究員が、どこが悪いのか教えてくれ! と説明を求めたら身の毛も弥立つほどの視線と共に容赦無い酷評が降り注いだと言う。
他人と馴れ合う事、能力の所為もあるが、特に触れる事を毛嫌いする博士が、奥の個室になっている自身の研究室ではなく、他の研究員たちの居る部屋に留まっているいるなんて....
まして紅茶片手に休憩している姿など、見た事も無かった。
と言うより、一度、自室に篭ってしまえば出て来る事など皆無だったのだ。
でも、マイが来てからというもの午後3時前後になると決まって博士は部屋から出て来る。
そしてただひと言「麻衣、お茶」と。
特に用事があるわけでもないのに博士は本を片手にソファーへ留まるのだ。
はっきり言って初めてその光景を目にした時、私は自分の瞳を疑ったわ。
同じく仕事バカなリンまで一緒に座っている事があるのだから、さらにビックリよね。
で、今は休憩中とはいえ、博士がマイの言葉に対してきっちり受け答えしてるのよ。
視線は本に落とされたままだけど......
他人を徹底的に無視する博士様とは思えないわ。

「ここって、こんなに騒がしい部屋だったかしら?」

博士たちには聞こえないよう小さく呟いた私に周囲から苦笑が漏れる。
皆も考える事は同じらしい。
「博士の身も凍えるような視線を受けてまで騒ごうなんて物好き居なかったもの」
「何でマイは平気なのかしらね?」
「マイに言わせると、博士は可愛いらしいわよ」
「「........ゴメン、どこが?」」
「それはマイに訊いてちょうだい」
唖然としたように大口を開けて固まった友人2人に私は肩を竦めてみせる。
そんなの私に判る訳ないじゃない。
この広い世界に、オリヴァー・ディビス博士を可愛いなんて言ってのける女性はマイくらいよ。




「今日は早く帰ろうねー」
「なぜ?」
「今朝、ルエラが “待ってるから早く帰ってきてね?” って」
「....僕は聞いてないが?」
「うん。だって、ナルに言っても忘れるだろうから、アタシに連れて帰って来てね♪ って」

「..........」




「いつ見ても思うんだけど、マイは偉大だわ」
溜め息と共に思わず出てしまった私の言葉に、皆が大きく頷いた。



end




 

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「ハーデース、どちらに行かれるのですか?」
「ケルベロスか。否、ちょっと地上に」
「何か、あったのですか?」
「....呼ばれた気がしたんだが」
「呼ばれた?」
「あぁ」






「うー、気持ち良いーっ♪」
暖かい陽射しを一身に浴び、輝かんばかりの笑顔を振りまく少女がおりました。
彼女の周囲には花が咲き乱れ、ニンフ(妖精)たちも楽しそうに辺りを舞っています。
ぱふっっと勢い良く倒れ込み、花の絨毯を堪能している少女の名は、コレー。
豊穣の神であるデーメーテールを母に持つ美しい女神の一人であります。
今日は家から少し離れたこの山に、ニンフを引き連れ降りて参りました。
いつもはニンフだけでなく、友人のアステリアや姉のようなヘスティアも一緒なので太陽神ヘーリオスと母デーメーテールの加護の強いこの丘しか見て回れないのです。
が、元々、好奇心旺盛なコレーにとっては、それがかなり不満だったのです。
「今日は探検するんだ♪」
ふわりと心配そうに周囲を舞うニンフたちに笑いかけながら、コレーは丘の向こう側へと足を進めました。
「うわぁー、きっれーーー!!」
高い崖に挟まれ、入り込んだ道の先には、豊かに沸き上がる泉と、人知れず咲き誇る水仙の花。
人はおろか、神々でさえ知らないのではないでしょうか?
美しい光景に魅入っていたコレーは、いつしかニンフたちが消えている事に気付いていませんでした。
「やっぱり探検はしてみるもんだよねー」
瞳を煌めかせたコレーは、そーっと花の間とぬって最奥の泉へと向かいました。
「ほわぁー、岩が透き通って見えるや....」
泉のほとりに膝を付き、手で水を掬い上げ口に含むコレー。
随分遠くまで来てしまったので喉が渇いたのです。
しかし、この場所。
実は、冥界の入り口だったりします。
もちろん管理は冥界の王。
冥界に属さない者が侵入すれば、たちまち排除される......
えーっと、されるハズ....なんです、が?
特に、コレーは排除される事もなく、奥の泉まで入り込んでしまったのです。
なぜでしょう?
これはおそらく、冥界の王でも判らないでしょう。
もちろん、そんな事を知る由もないコレーは、“ちょっとだけ” と言い、何とその場所で眠りに落ちてしまいました。



つづく?




 

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「寒い」

深い眠りから覚め、布団から出た瞬簡に浮かんだのは、その一言に尽きた。
大学は休みだから少しくらい寝坊したって問題ない。
しかし今日も今日とてバイトがあるので、これ以上寝てはいられない。
人使いの荒い某所長とか所長とか所長とかに「寒くて遅刻しました」なんて言おうもんなら今以上に寒々しい空気に晒される事は間違い無い。
うん、それは絶対に避けたい。
付き合ってようが、一緒に住んでようが、所長サマはその辺には容赦ない。
そんな事を考えながら、いつもの様にケトルを火にかける。
もちろん紅茶を入れる為に。
今日の朝ご飯はホットサンド。
昨日の夜に作っておいたポテトサラダに、レタスとトマトも一緒に挟んでまず一品。
スクランブルエッグも作って挟めばもう一品。
ハムとレタスとチーズで三品目。
タマゴとハムのホットサンドは殆どアタシしか食べないから少なめに。
それでも食べられない訳じゃないし、一切れくらいは摘んでくれるだろう。
余ったレタスと胡瓜とトマトでサラダも作れば完成っと。
良し、中々バランスが良いじゃないか。
出来上がった朝ご飯に満足したアタシは、絶賛書斎にお篭り中なナルを呼びに向かった。


「なーるー?」

コンコンコンと軽いノックをしたあと書斎の扉を開ける。
覗き込んだ部屋は資料が散乱しているものの、パソコンは落ちている。
そっと簡易ベッドに近付いてみると、ナルがそこで寝ていた。
「しっかし、いつ見ても眠り姫も裸足で逃げ出しそうな寝顔だなぁ」
ナルは美人だと思う。
寝てても、いや、寝てるからこそ作り物のような美しさを曝け出しているのだろう。
暴言も吐かないから害もないし。
さて、どうしようか。
おそらく明け方眠ったばかりだろうナルを起こすのは気が引ける。
特に依頼も急ぎの仕事もなかったし、リンさんに電話して休みにしてもらおうか?
でも勝手にそんな事したら不機嫌になるし、取りあえず起こして聞いてみよう。
「なーるー」
つんつんと頬を突っつきながら声を掛けてみるが、起きない。
お、珍しい。
殆どの場合、軽く声を掛けるだけでナルは起きる。
ただ、ごくごくたまにだけこんな風に起きない時がある。
アタシはもう一度ナルの頬をふにふにふにふにと突っついてみる。
そしたら眉間に皺がよったもののまだ起きない。
んふふ。可愛いー。
良いだろう、こんなナルを見れるのはアタシだけなんだぞー。
ルエラだってマーティンだって見た事ないんだってさ。
ちょっと、いや、かなり優越感♪
こんな事でもないと、この仕事馬鹿は博士様の恋人なんてやってられないよね。
まぁ、本当は優しいのは知ってるけど。
判り難い愛情は注いでくれてるんだろうけどさー。
それでも普段の態度からは想像付かないよね、こんなナル。
「なーる、朝ご飯できたよー」
「...............」
「温かい紅茶も入ってるんだぞー」
「...............」
「おーい」
「...............煩い」
「あ、起きた?」
「...............」
ぼそっと低い声が返ったが、まだ夢の中を彷徨ってるらしい。
反応が鈍い。
「起きる?それとも寝る?」
「....................ねる」
「寝るんだね?アタシはちゃんと聞いたからね?」
「...............ぅるさ、い」
「はいはい。じゃぁ、おやすみー♪」
もう一度眠りに落ちようとしているナルに笑うと、アタシは電話をする為に立ち上がった。
今日は休み。
起きたら何故起こさなかったと聞かれるだろうけど、起きなかったナルが悪い。
しばらく不機嫌だろうナルに、遅めの朝ご飯を食べさせたら買い物に行こう。
事務所で仕事してるだろうリンさんと安原さんには悪いけど、突如沸いた休日を存分に楽しむんだ。
今日は寒いから、この前買ってもらった白い手袋とマフラーをして、ナルには濃紺のマフラーを。
焦げ茶のコートに赤いチェックのスカート、ふわふわの黒いセータに黒いブーツ。
うん、楽しみだ。




end





 

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さくら、さく




はらり

はらり

穏やかで優しい光が降り注ぐ中に薄紅色の雲が広がる

はらり

はらり

瞳を閉じても感じる事のできる温かい光

はらり

はらり

それはまるで彼の人のように優しく

はらり

はらり

そして彼の人のように儚い

はらり

はらり

舞い落ちる花弁にあなたを思い私は微笑み泣くのでしょう

はらり

はらり

今年も変わらず咲くあなたに

はらり

はらり







 

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「うー、何かスッゴイ見られてる気がする....」
「気がするんじゃなくて見られてるんですわ、麻衣」
「なーんで真砂子はそんな平気かなぁ?」
「注目されるのは美しい者の運命(さだめ)ですもの」
「......そ、そーですか」
「そうですわ...でも、流石にこうも不躾だと嫌になりますわ」
「だよね〜」
悩ましげに眉を顰める可愛い2人の少女。
その構図がさらに人目を惹き付けているとはまったく思わないらしい。
ここは、とあるレセプション会場。
なぜこんな事になったのか? .....それは今から3日前に遡る。


「パーティー?」
「そ♪ パーティー。主催はドリー卿なの♪ だから全員、もちろんナルも参加してね♪」
ニコニコと笑みを浮かべたまま爆弾を投下したのは、森まどか嬢。
ナルのブリザードを真っ向から受けても平気かつ逆に、あのナルを言い包め返り討ちにしてしまう稀有な人だ。
「僕は断ったはずだが?」
「そうね」

ニコニコニコニコ

「....ナルが笑顔ひとつで押されてるわ」
「さすが森さんですね」
関心した様に小声で呟くのは綾子と安原。
「断れなかったのか?」
「断らなかったのよ」
まどかの返しにナルは思いっきり眉を顰めた。
「なぜ?」
「このパーティーを蹴ったとしても、後から後から招待状は降ってくるわよ。ならせめて融通の利くドリー卿主催の
 パーティーに出た方があなたも楽でしょう?」
「......」
「じゃ、そう言う事で全員参加してね?」
そう言う事ってどう言う事? なしてSPRのお偉いさん主催のパーティに自分たちまで?と言う疑問が浮かぶも、まどかの笑みがそれを訊く事を躊躇わせる。
「あの〜、森さん?」
「なぁに安原くん?」
「僕たち、例の調査の目的で来たんでスーツはもちろんですが、女性陣はドレスなんて持って来て無いんですが...?」
「大丈夫よ、任せて!! サイズは知ってるから!!!」
ぐっと拳を握り宣言したまどか嬢は、猛ダッシュで部屋を後にした。
「....えーっと?」
呆然とする一同にリンが苦笑しながら言った。
「諦めて下さい。あぁなった まどかは誰にも止められません。趣味は悪くありませんから変な物は選んで来ないと思いますので」

確かにその言葉通り、パーティー前日にまどかが持って来た衣装は皆に良く似合っていた。
リンは、一見黒に見えるが濃紺のスーツに白のシャツ、春らしく新緑のイメージしたという緑地のネクタイには白と深緑の糸で複雑な刺繍がなされている。
滝川は深緑の(但し人工的な明かりの下では光に照らされた一瞬しか緑とは判別できない)スーツに黄色っぽいシャツ、黄緑と緑のストライプのネクタイ。
安原はかなり深めの灰色のスーツに淡いピンクのシャツ、そして光沢感のある青のネクタイだ。
ちなみに、ジョンは神父服が正装との事でまどかは非常に残念そうだった。


そして女性陣。
まどかは緑のシルエットの美しいタイトなドレス。足元から太腿まで深いスリットが入り、その細くしなやかな脚に男の視線が集まる事、間違い無しだろう。
綾子は胸元がとても色っぽい深紅のドレス。こちらもタイトな形でスリットが入り彼女の色気を見事に惹き出している。
真砂子はレースの揺れる、一瞬アッシュグレーにも見える薄い青色のドレス。
可愛いのに落着いた雰囲気を醸し出す彼女自身の様なドレスだ。
最後は麻衣。胸元には白いレースを幾重にも重ねた様に繊細な刺繍が施され、裾はヒラヒラと蝶のように舞うパール地の淡いオレンジ色のドレス。
ちなみに、ナルはスーツはもちろん黒だが、ネクタイはまどかの用意した薄い藍色のものを付けさせられている。
全員が人目を惹き付ける容姿な上、見事に着飾っている。
その集団に視線が向かない訳は無く、今も周囲の視線が集まったままである。
特にディビス博士を知っている者たちにとって、博士がその場に留まったままな事が驚愕ものだったらしく凝視している者が多い。

「さて、じゃぁドリー卿にご挨拶に行きましょうか?」

まどかの言葉にナルは一瞬嫌そうにしたが、素直に主催者の元へ向かう。
他の者もまどかに促されナルの後に続く。



   

 

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「Good night! まどか、相変わらず麗しい」
「今晩は、ドリー卿、お誉め頂きありがとうございます」
「リンも久し振りだね? それにオリヴァーも、来てくれて嬉しいよ」
本当に嬉しそうな笑顔で歓迎してくれたこの老人こそ、ドリー卿。
「お久し振りです」
とリンが返しナルも黙礼した所でドリー卿の瞳が彼らの背後に向けられた。
「まどか、もしやそちらの方々が?」
卿の言葉に対し、まどかが何と答えるのか周囲の人々まで聞き耳を立てている。
誰もが気になって仕方無かった様だ。
「えぇ、主に日本支部での調査にご協力頂いております方々ですわ。向かって右から、ノリオ・タキガワ、アヤコ・マツザキ、マサコ・ハラ、オサム・ヤスハラ、彼は正式な調査員ですわ。続いてジョン・ブラウン、マイ・タニヤマ、彼女も正式な調査員です」
にっこり笑ったまどかの説明。
安原と麻衣の所で小さくは無いざわめきが起こったのは気の所為では無い。
あの、オリヴァー・ディビス博士が正式に人を雇った事への驚きと、その人物への羨望の眼差しが安原と麻衣に注がれた。
「皆さん、初めまして。いやしかし、日本の女性は麗しいですな」
「まぁ、お上手です事。私の事はアヤコと呼んで下さい、サー・ドリー」
ドリー卿に向かって優雅に微笑んだ綾子に魅入った複数の男性の視線と、その男のパートナーとして来たはずの女たちの嫉妬を含んだ視線が集まる。
その様子を横目に見ながら、ドリー卿は実に軽い口調で訊ねた。


「で、オリヴァー? 誰が君のフィアンセなのかな?」


悪戯っ子のような瞳で爆弾発言をしたドリー卿。
まぁ! っと驚いているがニマニマしている まどか以外の人間が、その言葉に思考を停止した。
滝川、リン、安原、綾子、真砂子、ジョンの順に そーっとナルに視線を向けるが彼らには、ナルの表情に変化は無い様に見受けられた。
「.....ドリー卿」
「なんだね?」
「何がしたいんですか?」
「なぁに私はただ、オリヴァーを見事に射止めた稀有なエンジェルを紹介して欲しいなと思って直接君に訊ねてみたんだが?」

微笑みと絶やす事なく言い切ったドリー卿にイレギュラーズは心の中で喝采の拍手を送った。



「どう答える気かしら?」
「普通に紹介しはるんや無いですか?」
「でもナルですわよ?」
「居ないとか言ったら殴ってやる」
「それは無いんじゃないですか? 所長、嘘は付かれませんし」
ボソボソと話しながらもナルから視線を動かさないイレギュラーズ+安原。皆、ナルがどう答えるか興味津々なのだ。
ナルはそんなイレギュラーズとドリー卿に溜め息を零し、未だ隣で固まっている麻衣にチラリと視線を送った。
それに気付いたのか困った様な麻衣の瞳がナルに向いた。
その瞳は “どうしようか?” と言っている様だ。
つまり自分に任せると言いたいらしい....
今ここで紹介しなければこの先ずっと訊かれる事は間違い無い。たとえ紹介したとしても周囲から余計な詮索が入るのだろう。
どちらにしても煩わしい事この上無い。先を想像し、大きく溜め息を吐く。

「........麻衣」

小さく名前を呼べば驚いた麻衣の瞳。
それに苦笑し、手を差し出す。
ザワリと会場の空気が大きく揺れ、驚いたリンとまどか、そしてイレギュラーズの顔も視界に入る。
そんな中、ドリー卿だけは満足そうに笑っている。
ゆっくりと重ねられた麻衣の手を引き卿の前に立つ。
「こちらが?」
「えぇ」
「初めまして、お嬢さん」
「は、初めまして。マイ・タニヤマです。マイと呼んで下さい」
そう言ってふわりと笑う麻衣に卿も恰好を崩した。
「うんうん。可愛らしいお嬢さんだ。大事にせんといかんぞオリヴァー?」
「......そのつもりですが?」
「そうか、なら良い。マイ?」
「はい?」
「オリヴァーの隣りは色々騒がしく大変だろうが、何か有れば言いなさい。この老木が微力ながら力になりましょう」
温かい卿の言葉に、麻衣は “ありがとうございます” と笑い、ナルも頭を下げた。
ナルはこの言葉で卿がしたかった事を理解した。
ドリー卿は、特に後ろ盾を持たない麻衣の為、自分が味方に付くと周囲に知らしめたのだ。

ナルはもう一度、卿に頭を下げると麻衣を促しその場を後にした。





 

拍手[20回]




壁際のテーブルを陣取った一行は、各々好きな飲み物の入ったグラスを手に一息ついた。
「はぁー、あんな注目されるのは性に合わん」
大きく溜め息を吐いたのは滝川。周囲の好奇の瞳に晒されてぐったりしている。
「ライヴで注目されてんじゃんか?」
「それとこれとは別なんですぅー」
麻衣が茶化せば、拗ねたような返事をする滝川。
仲良し父娘(おやこ)のいつものやり取りに皆の心にも余裕が戻る。
「ナル、大丈夫?」
「問題ない」
先ほどから黙ったままのナルに麻衣が声を掛ける。
会話は素っ気ないが頬に触れる麻衣の手を振り払わないナル。
その姿にメンバーからも笑みが漏れる。
「でも、ナルがあそこで素直に麻衣ちゃんを紹介するとは思わなかったわ〜」
「どっちにしても煩わしい事になるのなら、保険を掛けておこうかと」
「は?」
まどかの言葉に答えたナル。“保険?” と首を捻ったのは麻衣のみ。
他のメンバーはナルの言葉に納得したようだ。
皆、ドリー卿に向かって麻衣が笑った瞬間、周囲の若い男が息を呑んだ事に気付いていたのだ。
安原辺りは特に要注意だと思われる人物の顔を覚えているかもしれない(笑)


「マイは可愛いもの仕方無いわ」
突如響いた笑いを含んだ第三者の声に皆振り返った。
「ルエラ!! マーティンも! いつ来たの?」
「久し振りね、まどか」
「ドリー卿にご挨拶してる辺りかな」
「あら、ほぼ最初からね♪」
ふふふ。と微笑み合うルエラとまどか、実に仲が良さそうだ。
「マイのドレスはまどかが見立てたのかしら?」
「えぇ、そうよ♪ 可愛いでしょ」
「あぁ、マイはとってもキュートだ」
満面の笑みを浮かべたマーティンに誉められ麻衣は半分ナルの腕に顔を埋めて真っ赤になっている。
「ふふ。こんなに可愛い娘ができるなんてとっても幸せだわ」
「よねー? ナルには勿体無いわー」
ルエラがはっきりと “娘” と言い切った事で麻衣はより強くナルの腕にしがみ付く。
うぅぅぅ。何か居たたまれない。
自分の顔が真っ赤だという自覚はあるのでナルの腕から顔を放す事が出来ない。

「麻衣ちゃん、可っ愛い〜vvv」

まどかの言葉に更に真っ赤になる麻衣。それがまた、周囲の笑みを誘う。
“にゅぅぅ” とかいう訳の判らない声を上げ始めた麻衣にナルは溜め息をひとつ。
「まどか、それ位にしておけ」
「あらぁ? この子ったら、妬いてるのかしら♪」
ナルの忠告もまどかには通じない。
しかしそんな騒がしい一行に声を掛ける男が居た。

「失礼。ディビス博士ですね?」

歳は40代後半といった所だろうか?
レセプションに相応しく高級感のあるグレーのスーツを着こなした姿は育ちの良さを感じる。
「...オリヴァー・ディヴィスですが、僕に何か?」
「初めまして、ジェイク・ビルフォードと言います。博士がこの様な場所に来られるのが珍しく、つい声を掛けてしまいました」
軽く会釈し名前だけを名乗ったナルに気を悪くする事も、何かを含む事も無く笑ったビルフォード氏はマーティンに向き直った。
「お久し振りですな、ディビス教授」
「はい、ご無沙汰しております。ビルフォード子爵もお元気そうで」
「なぁに、ドリー卿の秘蔵っ子が君の息子だと聞いてね、しかも珍しく今日のレセプションに参加するというじゃないか? これは是非に会わなくてはと飛んで来たよ」
「それは申し訳ない。オリヴァー、こちらは私がお世話になっているビルフォード子爵。ドリー卿の友人でもあられる。ビルフォード子爵、こちらが私の息子と妻のルエラです」
「奥方にも初めましてですな?」
「はい、ルエラ・ディビスと申します。夫と息子がお世話になります」

穏やかな挨拶が終わった所でマーティンがビルフォード子爵に訊ねた。

「時にビルフォード卿、ドリー卿にご挨拶に行かれました?」
「まだなんだ。君も一緒に行くかい?」
「えぇ、是非。ルエラ、君も」
「はい。ではちょっと行ってきますね」

まどかや麻衣たちに、そう断ると ルエラとマーティンはドリー卿の元へ向かった。
笑顔で見送るメンバー。
そんな彼らを見つめる怪しい視線に、不幸にも気付く者は居なかった。






 

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その後、まどかの紹介で数組のパトロンに挨拶を済ませた一同。まだ挨拶があると言うまどかと
男性陣に声を掛けられまくっている綾子、そしてそのエスコートを務めるリンと滝川以外は壁際のソファーに移動した。
「疲れたよー」
「だらし無いですわよ」
情けない声を出しながらソファーに座る麻衣。嗜めるも、同じく疲れた表情の真砂子がその向かいに座る。
「お疲れさんどす」
そう言って2人に飲み物を差し出したのはジョン。
春の陽射しのような笑顔が荒んだ心に沁み入る。
「「ありがと(うございます)、ジョン(ブラウンさん)」」
同時にお礼を言いふわりと笑う麻衣と真砂子。
「いや〜、福眼ですねぇ」
そう呟くのは安原。手には勿論デジカメ。
今のショットは自称、父親にそれは高く売りに出される事だろう。
「渋谷さんと安原さんも飲まはりますか?」
声と共に差し出されたグラスを受取り、2人もソファーに座った。


「そう言えばマーティンとルエラ戻って来ないね」
「大学関係者も来ていたから、そちらだろう」
「ふぅん。色んな人が来るんだねぇ」
「ドリー卿は顔が広いからな」
そんな会話をしていたら、ベチョっという音が聞こえた。
音のした方に視線をやれば小学生低学年くらいだろうか? 男の子が転んでいた。
「大丈夫でっしゃろか?」
ソファーから立ち上がり側に寄ったジョンが顔を覗き込みながら訊ねる。
同じく側に寄った麻衣がその子の頭を撫でる。
「泣かなかったね、偉いぞー」
そう言って笑う麻衣の背後に黒いスーツの男が近づいた。

!!!?

ナルと安原が同時に動くが間に合わない。
男はしゃがみ込んでいた麻衣の腕を乱暴に掴んで立ち上がらせる。
「麻衣!」
後ろ手に麻衣の腕を拘束したままの男をナルは思いっきり睨みつける。
が、男はその視線に動じる事なく薄ら笑いを浮かべている。
何だこいつは?
それがその場に居合わせた人の率直な感想だろう。
男は周囲に一切構わず、掴んでいる手に力を込める。
「い、痛っ!」
思わず顔を顰める麻衣。
それを見たナルが足を一歩進めた時、ソファーの影から新たに子供が飛び出した。
その手には鈍い光を携えたナイフが握られていた。
素晴らしい勢いで飛び出した子供はそのナイフをナルへと振りかざす。
「「ナルっ!!」」
麻衣と真砂子から悲鳴が上がる。
何とか避けたものの刃先がナルの腕に数センチ刺さる。

その瞬間、ドクンと激しく打つ鼓動。
“マズイ” そう思った瞬間、緑のハレーションが一気に視界を覆う。


「っ!!」

ガクッとその場に崩れ落ちるナル。
それを見た麻衣が顔色を無くしたのを視界の端に過ったのを最後にナルの意識は飛んだ。

「ナルっ!!!」

掴まれていた腕を渾身の力で振りほどき慌てて駆け寄る麻衣。
顔を苦痛に歪め襲う衝撃に耐えるナル。
それを支えようとナルに手を伸ばした瞬間、今度は麻衣が崩れ落ちた。
「谷山さんっ!?」
安原が慌てて麻衣を支えるが、既に麻衣の意識は深く沈んでいた。




 

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